メディアリテラシー

[特別寄稿] メディアリテラシーとは何か——その概念・事例・課題

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坂本 旬 法政大学キャリアデザイン学部教授(図書館司書課程)

JIMA(インターネットメディア協会)は、メディアが発する情報とその受け止めをめぐるリテラシーの向上について、セミナーやワークショップを展開しています。そこで、「メディアリテラシー」をめぐる基礎的な概念、課題や取り組みについて、国際的な活動を推進している坂本 旬・法政大学教授に、JIMA事務局からの質問に答えてもらいました。(事務局)

  1. メディアリテラシーとは、どのようなものか?
  2. メディアリテラシーの危機とは?
  3. メディアリテラシーを獲得するには?
  4. メディアに求められる取り組みとは?
  5. 坂本氏の取り組み
  6. メディアリテラシーを学ぶための文献

1. 「メディアリテラシー」の語を最近目にするようになりました。それはどのようなものと受け止めれば良いでしょうか?

今日、世界的にメディアリテラシーという言葉がよく使われるようになりました。日本でも2000年前後にメディアリテラシーに関するテレビ番組が放送されたり、関連本がたくさん出版されました。1994年に松本サリン事件が起こり、河野義行さんが犯人であるかのように報道され、社会問題になったことも背景にありました。それから20年以上が経ち、再びメディアリテラシーが「ブーム」になりつつあります。今回の背景になっているのは、2016年のアメリカ大統領選に影響を与えたといわれる「フェイクニュース」現象です。イギリスでもEU離脱をめぐる国民投票のときにも「フェイクニュース」が問題となりました。

「メディアリテラシーとは情報の真偽を見極める力のことだ」と思っている人が多いのですが、それは正確ではありません。

ただし、注意しなければならないことがあります。「メディアリテラシーとは情報の真偽を見極める力のことだ」と思っている人が多いのですが、それは正確ではありません。情報に関わる力は情報リテラシーと言います。ニュース情報については、ニュースリテラシーという用語もあります。一方、メディアリテラシーはメディアメッセージを読み解く力です。例えば、CMは映像の編集の仕方やBGM、消費者への伝達の仕方などさまざまな方法を駆使して視聴者に商品を買わせようとします。それは、情報の真偽を見極める力だけでは読み解くことができません。ネット上には「フェイクニュース」だけではなく、プロパガンダ(特定の主義、主張の宣伝行為)も数多く流通しています。「フェイクニュース」だけではなく、プロパガンダに対しても読み解く力が求められているのです。
なお、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は両リテラシーを統合したメディア情報リテラシーという用語を用いています。この用語はニュースリテラシーなど、類似のリテラシーも含んでいます。今後は、世界的にこの用語が使われるようになるでしょう。

2. メディアリテラシーをめぐって危機(懸念)を感じさせる事象があれば示して下さい。

2016年11月22日にアメリカのスタンフォード大学歴史期教育グループが、アメリカの中高生や大学生を対象にオンラインの情報の信憑性を確認する能力を調べました(参照)。その結果、デジタルネイティブの彼らは十分な情報の信憑性を確認する力を持っていないことがわかりました。日本では同種の大規模な調査は行われていませんが、私が授業で同じ問題を用いて少人数を対象にした調査をしたところ、アメリカ以上に深刻な状態であることがわかりました。

また、2017年5月に京都のラーメン屋で韓国人俳優がヘイトスピーチを受けたというニュースがありました(参照)。このニュースをグループに分けた学生たちに調べさせ、本当にヘイトスピーチと言えるのかどうか判断させたことがあります。驚くべきことに、ほとんどのグループがヘイトスピーチではないと判断しました。彼らが判断の根拠としたのは個人のブログやYahoo!ニュースのコメントでした。今の学生たちの多くがこうした問題に対して、自分の力で判断することができません。彼らはインターネット上の根拠の希薄なメッセージから日常的に影響を受けているのです。

本当の危機は、日本の教育関係者がこの問題を深刻に捉えていないことです。教師も親も教育研究者でさえ、関心の所在は学校の中だけです。子どもたちがスマホを通じて悪質な情報やメッセージにさらされ続けていることに無頓着なのです。アメリカではこうした状況は民主主義の根幹に関わることだと考えられており、全米でメディアリテラシー教育法案制定運動が行われています。

3. メディアリテラシーを獲得するためにはどうすれば良いでしょうか?

メディアリテラシーや情報リテラシー教育の世界では、批判的に考える力をスキルとみなし、繰り返し練習する必要があると考えられています。情報リテラシーの場合は、アメリカの図書館協会が開発したクラップテストと呼ばれるチェックリストを使って考えさせる授業が行われています。メディアリテラシーならば5つのキークエスチョンが有名です。私はそれらを日本語に訳したものを授業で使っています。前者を「だいじかな」チェック、後者を「さぎしかな」チェックと呼んでいます。もちろん学校の授業で使うことができますが、それだけではなく家族や友達同士でも活用することができます。リンク先からダウンロードしてご自由にお使い下さい。

「だいじかな」「さぎしかな」チェックリスト

4. JIMA(インターネットメディア協会)は情報発信者であるメディアを会員とする団体です。メディアにはどのような取り組みが求められるでしょうか?

アメリカではメディアリテラシーやニュースリテラシー運動にメディアが積極的に関わっていますが、日本ではそのような事例が少ないと感じます。「フェイクニュース」をめぐる問題についても、メディアの問題としてしか捉えられておらず、教育への関心が薄いようです。良いニュースを見極める力を持った市民が良いメディアを支えるのです。同時に、政治から自立したメディアは市民にとって民主主義の灯台になります。日本のメディアはより積極的にメディアリテラシーやニュースリテラシー運動に関わり、参加するべきだと思います。

5. 坂本先生が取り組まれていることをご紹介下さい。

私は大学では図書館司書課程を担当しています。特に学校図書館関係者を対象としたオンライン情報評価能力育成のためのワークショップや講演を行う機会が増えてきました。また、ユネスコのメディア情報リテラシー・プログラムを東南アジアや東アジアで普及させる仕事に関わっています。
今年の10月にはソウルでユネスコ・グローバル・メディア情報リテラシー・ウィークと呼ばれる大規模な国際会議が開かれます。
そして9月5・6日には法政大学でプレフォーラムを開催する予定です。ぜひ参加していただき、世界で何が起こっているのか、どんな運動が進められているのか、自分の目で確かめる機会にしていただければと思っております。

6. メディアリテラシーを学ぶ際に手がかりとなる、文献などあれば教えて下さい。

1998年にカナダで発行されたガイドブックを日本語に訳し、さらにインターネットに対応させるために独自に改訂したものです。

ユネスコとTwitterが協力して作ったパンフです。ユネスコが推進するメディア情報リテラシーの概要が分かります。

ユネスコが作ったメディア情報リテラシーのカリキュラム日本語訳です。

最新の理論動向をまとめた論文です。

筆者紹介

坂本 旬

坂本 旬(さかもと・じゅん)

法政大学キャリアデザイン学部教授(図書館司書課程)、同大市ヶ谷情報センター長。東京都立大学大学院教育学専攻博士課程中退。教育系出版社や週刊誌などの編集者、雑誌執筆者を経て、1996年より法政大学。アジア太平洋メディア情報リテラシー教育センター(AMILEC)・福島ESDコンソーシアム代表として、ユネスコのメディア情報リテラシー・プログラムの普及に取り組む。基礎教育保障学会理事。