シリーズ : メディアの現場から

「こうあるべき」ではなく、「こうしたらメディアは良くなる」という多様な視点を大切に——ジェイキャスト 執行役員 蜷川聡子さん

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聞き手:JIMA理事/令和メディア研究所 主宰 下村健一さん

2006年にスタートした「J-CASTニュース」といえば、日本のネットニュースメディアの草分け的な存在として認知されています。そんなJ-CASTニュースを運営する(株)ジェイ・キャストの執行役員を務めているのが、蜷川聡子さん。マーケティングコンサルタントだった蜷川さんが、創業者の父親(元朝日新聞社の蜷川真夫氏)からの声掛けにより、同社に転職したのは2002年のことでした。メディア業界未経験だからこそ、編集者や記者にない多様な視点で「どうすれば良くなるか」を考え続け、ネットメディア市場を切り開いてきた蜷川さんに、インターネットメディア協会(JIMA)理事の下村健一さんが、JIMAに期待すること、やりたいことを聞きました。

JIMAに懐疑的だったJ-CASTニュースが参加を決めた理由

下村:ジェイ・キャストさんがJIMAに入られた経緯を教えてください。

蜷川:正直にいってしまうと、当社は、最初のうちJIMAの参加に後ろ向きだったんです。

下村:乗り気ではなかった理由は何ですか。

蜷川:JIMAの立ち上げ時の印象では、JIMAがまるで魔女狩りのごとく「これは良いメディアだ」「こんなのはメディアではない」と取り締まっていくような感じを受けたんですね。当時はフェイクニュースの問題や、PV稼ぎのためにきわめて低い品質の記事を乱発していたWebサイトもあったので、そんな風潮がJIMAをそう見せていたと思います。
それに対し当社は、「そうやってメディアが集まってメディアを取り締まるようなことをするのであれば、参加できない」と考えていました。

ジェイキャスト 執行役員 蜷川聡子さん
ジェイキャスト 執行役員 蜷川聡子さん

下村:それが一転、参加を決めたきっかけは?

蜷川:そんな思いでJIMAの集まりに出席するなか、当初懸念していたような“警察”にはならないということが見えてきました。先日古田さんもこのJIMAのインタビューで、「警察になるつもりはない」とおっしゃっていたので、それは良かったと思います。

これからJIMAにはさまざまなメディアが参加していくでしょうし、そういう新しいメディアがいろいろなことを決めていくでしょう。で、「何も知らないうちにJIMAで業界の流れが決まってしまったらどうするのか?」と考えたんです。

私自身もそう感じたので、「参加した方がいいのではないか」と提案したところ、「じゃあ、JIMAが“警察”にならずに環境を良くしていけるように見ていこう」ということになって。で、参加することになったわけです。

下村:監視団体にならないように監視していこう、と(笑)。でも、それはJIMAの多様性を担保する上で大切な役割ですね。

ノウハウや基礎調査を共有し、「いいものを作る」土台を作りたい

下村:蜷川さん自身は、JIMAでどんなことをやっていきたいと考えていますか。

蜷川:うちも中小メディアなので、いろいろなメディアと情報やノウハウの共有ができることはありがたいです。いまは大手メディアのネット部門が多いのですが、将来的にはネット発の小さなメディアもたくさん参加して、それぞれのノウハウや知見を共有し、「こうすればいいよ」というアイディアが出てくればいいなと思います。

あとは、調査やニュースの真偽確認など、取材コストがかかる部分を共有していくことにも関心があります。いまは大手メディアも含めてお金がかけられなくなっているので、JIMAのような場でそういうコストをみんながちょっとずつ負担し、みんなで良いものを作っていき、みんなで良くなっていく土壌ができればいいですね。読者のためにもなりますし、小さいメディアって、うちも当初そうだったのですが、コストや人の面であきらめなければならないこともあるので、そういうことがなくなればいいなと思います。

成功の秘訣は「読者が読みたいと思うものを作り続けた」こと

下村:ここは、ポイントですね。小さいメディアが「あきらめてしまうこと」って、例えば何でしょう。J-CASTニュースさんはどんな苦労があったのですか?

蜷川:13年前の2006年、J-CASTニュースは編集部3名からスタートしました。当時はまだ珍しかったメディアやインターネットウォッチの記事が中心で、おかげで「2ちゃんねるのコピペ」といわれていたほどです(笑)。実際にはコピペじゃありませんが。

ネットやメディアウォッチについては、当初からいろいろな意見がありましたが、これには明確な理由があるんです。テレビ番組や雑誌記事でも、一次情報を集めて独自の切り口をつけて紹介するコンテンツがありますよね。これに倣ったのがメディアウォッチです。ネットウォッチは、昔、新聞が「瓦版」といって町のうわさ話を載せていたのと同じ感覚です。それに、できることがまずそこだったというのも理由です。

ただ、そんな感じだったので、最初は「調査報道ができないメディアなんて、メディアじゃない」ともいわれたんですよ。ちゃんと取材しようと思って企業の広報部に取材をお願いすると、「メディアじゃないので、お断り」といわれる。仕方がないので、それをそのまま書くと、それを読んだ広報の人がまた激怒してしまって……(笑)。

創業期のうちみたいに、ちゃんとやりたいけれどできない小さなメディアをみんなが助け合うことで、いいものができるようにしていきたいですね。

下村:「メディアじゃないので、お断り」とまで言われながら、J-CASTニュースはへこたれずに続けられた。何か、支えとなる信念があったんですか。

蜷川:スタート時にインターネットメディアについていろんな人に教えてもらったのですが、その時にある人から「必要なことは、SEO対策なんかより、みんなが読みたいコンテンツを作ることだよ」と教えていただいたそうなんです。

そこで考えたのが、みんなが読みたがる、それも「インターネットの人」が読みたがる記事は何だろう、ということ。紙とネットではそもそもメディアが違うので、当然メディア体験もそれぞれ違うはずです。だから「紙のコンテンツの転載や模倣をするのではく、インターネットに合ったものを作ろう」ということになりました。

ニュースのネタもインターネットから収集します。先ほどのネットウォッチがまさにそうで、ネット掲示板の情報を“町ネタ”として拾って、インターネットの人が楽しめるようなものを作り続けたのです。で、それをライブドアやアルファブロガーが「面白い」ということで配信・紹介してくれたわけです。

当時は本当に、「いいものを作っていれば、人は見にくる」という状態でした。いまはレッドオーシャンなので、いいコンテンツを作っているだけでは難しいでしょうね。うちは広告宣伝も何もしませんでしたが、とにかく編集部が頑張り、ネット向けの情報を一所懸命作ることで広がっていきました。ただ、メディアのマネタイズのトレンドは毎年変化しているので、今も常に新しいものを探し続けています。

炎上、クレーム……不寛容な時代におけるメディアの課題とは

令和メディア研究所主宰 下村健一さん
令和メディア研究所主宰 下村健一さん

下村:「毎年変化」と言えば、13年間のなかで、読者=受け手側についても、やはり変化が起きていると感じますか。

蜷川:そうですねぇ……最近、クレームの幅が広がっていますよね。13年前だと、インターネットはまだ一部の人しか使っていませんでしたが、いまはあらゆる人が使うようになり、阿吽の呼吸で「わかるよね」というスタイルは受け入れられなくなってきました。
みんなが等しく理解できる、同じようなものでないと受け入れられない。SNSが普及し、記事の見出しだけを見て拡散する人も増えたので、「読めばわかる」というものはクレームが入ってしまうんです。

下村:個性的な味だった食堂が、フランチャイズされて大衆受けな味になっちゃった、みたいな現象ですね。どう対応していけばいいでしょう。

蜷川:難しいですね。誰にでもある程度わかるようなものにしないと、炎上やクレームにつながってしまうので……。ポータルサイトなどコンテンツの流通側もそれを気にしていますよね。「あれはダメ、これはダメ」と基準を決めて、メディアにそのルール厳守を課すところも増えています。気持ちはわかりますが、そうするとますます、メディアの独自性がなくなります。読者の選択肢も狭まる。これも現代のメディアが抱える問題ですね。

メディアの「ブランド強化」は社会の分断を招く?

下村:不寛容な時代にあって、各メディアの独自性を守る……、難しいけれど、そこが崩れると「多メディア化」はただ「金太郎飴の断面の数が増える」だけになってしまいます。

蜷川:個人的には、メディアが読者をターゲティングできるのなら、その層に向けてメディア独自の面白い企画ができると思うんです。それこそ、昔のネットユーザーが楽しんでいたような企画やネタを再現したり、そういう「楽しさ」がもう一度作れればいいんですけどね。

下村:それも1つの方法ですね。一方で気をつけないといけないのは、そうしたターゲティングによる「分化」が行き過ぎて新たな「分断」を招いてしまう展開です。これはこれで、避けたいですよね。

蜷川:そうですね。ニュースや報道では、昔からメディアごとに一定の基準があり、雑誌はオルタナティブな情報を放ってもあまり問題はありませんでしたから、ひどい分断にはならないと思いますけどね。個々人がきちんと情報を取捨選択できるスキル、メディアリテラシーの教育が先かもしれませんね。

ネットメディアを楽しむためにはメディアリテラシーが必要だ

下村:インターネットが急速に普及したので、私を含む大人も子供も、そこにある情報との向き合い方を充分習得してない内にユーザーになってしまったんですよね。「火の怖さを知らないうちに、花火が配られてしまった」というか。

蜷川:私の2人の子供もYouTubeやTikTokで情報を収集しているのですが、やっぱり誰かが教えないと、情報チャネルがたくさんあることや、その選び方はわからないんですよ。私たちメディア側がどんなに頑張っても、見てもらえなければ意味が無い。そこをどうにかしないといけないと思います。

下村:「どうにか」って、例えばJIMAではどういう取り組みが可能だと思いますか。

蜷川:いまはeラーニングなどのテクノロジーがあるわけですから、そういう技術を活用し、誰もが自由に使える啓発コンテンツを用意することができますよね。そういう教育コンテンツがあれば、それを元に、特定のテーマで講師ができる人を育てていくこともできると思います。

下村:JIMAもこれからさまざまな活動を展開していくわけですが、メディアリテラシーも重要なテーマですよね。ぼくも、「メディア人が、メディアリテラシーを教える教材」には需要がある、と考えているんです。
伝える時に陥るジレンマや、「編集」と「情報操作」の違い、その境界線の難しさなど、伝える側のプロだからこそ骨身に染みていることはたくさんあります。

そのあたりの肌感覚を持ち合わせていない世間は、過度に「メディアを疑え」という風潮になってしまう。英語のCritical thinking ならいいんですが、日本語の「疑え」は「嘘つきだと思え」という感じで、ネガティブが濃すぎてしまいます。そこは、発信者集団たるJIMAだからこそできるリテラシーの説き方・広め方がある、と期待しているんです。私自身も、これまで各地の学校や企業研修を行脚してやってきたメディアリテラシー講座を、ここで3カ月に1度のペースで一般公開でやっていく予定です。

蜷川:情報の受け手である読者と交流することで、作る側にも発見があるかもしれませんしね。

下村:JIMAでは、「“伝え手”と“受け手”だけではなく、“支え手”のリテラシーにも取り組もう」という意見も出ていますよ。支え手、つまり広告主ですね。どうなっていくのか、これからの活動が楽しみです。

蜷川:うちは社内にeラーニングチームがあるので、貢献できることがあると思います。教育プログラムの構成を考えるインストラクショナルデザインの専門家もいます。

下村:もう、メディアリテラシー部会はすぐに始めるべきですね。ワクワクしてきた(笑)。

多様なメディアと、JIMAで一緒に「より良いメディア環境」を作りたい

下村:話は変わって、このインタビューではみなさんに「なぜジャーナリズムの世界に入ったのか」と伺っているんです。蜷川さんの場合は、ちょっと特殊な理由ですよね(笑)。

蜷川:私の場合、もともとマーケティングコンサルタントだったのですが、親に「入れられちゃった」みたいな感じですからね、親孝行するためです(笑)。入った当初は、会社もメディア運営はまだしていませんでした。

下村:でもジャーナリズムに憧れて入ったわけじゃないからこそ、見える世界がありませんか。

蜷川:やはり、メディア業界とほかの業界との違いは感じますね。ただ、商品のマーケティングとメディア運営も似ていて、結局は「相手がどう感じるのか」「どうすれば手にとってもらえるのか」という共通点はあります。そこは過去の経験を活かせると思っています。

下村:最後に、この記事を読んでくれている人たちにメッセージをお願いします。

蜷川:私は記者でも編集者でもないので、このJIMAでは異色な存在ですが、自分だからこそ期待されていることもあると思うんです。その1つが、ネット発の多様なメディア、新しいメディアの参加を増やしていくこと。いまはやっぱり昔ながらの大手メディア企業が多いので、「蜷川さん、新しいメディアの参加者を増やしてよ」との意見をいただいています。

私自身も多様な方に参加していただき、みんなでメディア環境を良くしていきたいと考えています。スマートニュースさんのようなコンテンツの流通側の企業にももっと参加していただきたいですね。そして情報の送り手や受け手、届け手、そして支え手までも含めて、いまより良い環境になればいい。取り締まるよりも、「こうすれば良くなる」ということを、多様な視点で考えていきたいです。

下村:JIMAの多様性の鍵は、蜷川さんが握っているようですね(笑)。これからもよろしくお願いいたします!

(まとめ:岩崎史絵/写真:ATZSHI HIRATZKA)