シリーズ : メディアの現場から

ネットメディアが出版文化を継承するために、報道倫理や責任についてオープンに議論したい——プレジデントオンライン編集長 星野貴彦さん

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聞き手:JIMA理事/令和メディア研究所 主宰 下村健一さん

ビジネスニュースメディア『プレジデントオンライン』の編集長・星野貴彦さんは、テレビ報道の世界から雑誌出版に転職してきた経歴を持つ編集者。以来雑誌とインターネットメディアの両方で活躍してきました。そんな星野さんが、いま考えていることとは? また、インターネットメディア協会(Japan Internet Media Association:JIMA)に期待していることについて、JIMA理事で令和メディア研究所を主宰する下村健一さんが聞きました。(事務局)

“雑誌的な手触り”で世界を報じたく、NHKから雑誌社へ

下村:星野さんとぼくが最初に会ったのは、星野さんが社会人になる前のころでしたよね。

星野:そうですね。学生時代に、ぼくが下村さんに講演をお願いしたことがきっかけです。

下村:いつもは「あなたの媒体がJIMAに入った経緯」からインタビューを始めるんですけど、今回はそのあたりの話も含めて、星野さん個人のご経歴から伺いましょうか。まず、今の会社に入られたきっかけは?

プレジデントオンライン編集長 星野貴彦さん
プレジデントオンライン編集長 星野貴彦さん

星野:新卒でNHKに入局し、2年間記者を経験してから、現在のプレジデント社に転職しました。以前から雑誌が好きでしたし、テレビニュースの「1分半」というフォーマットのなかで世界を報じるのではなく、世の中のことを多方面から扱う“雑誌的手触り”に関心があることに気付いたんです。

下村:“雑誌的な手触り”というのは?

星野:ある種、デタラメで無茶苦茶というか——、雑誌って、すごく高度な調査報道を重ねたノンフィクションもあれば、笑いを取るコラムやエッセイもありますし、グラビアも、映画俳優の密着記事も、いろんなものがありますよね。
そうしたなかで、編集者は「どうすれば読者を振り向かせられるか」という点を徹底的に考えます。どれだけありふれたテーマであっても、いままで誰も見たことのない切り口で記事を作る。そういうことをやりたかったんです。NHKの記者に求められる仕事は「だれよりも深い情報を得て、どこよりも速く報道すること」だったので、違和感がありました。

隠すのではなく、オープンにすることで読者の共感を呼び覚ましたい

下村:「雑誌」は決して《雑な誌》じゃなくて、考え抜いた《雑多な誌》だぞ、と。じゃあもう少し遡りますが、そもそもなぜメディア業界を志望されたんですか?

星野:昔から関心があったんです。高校3年生の時に、森達也さんのドキュメンタリー『放送禁止歌~唄っているのは誰? 規制するのは誰?~』を観て、衝撃を受けたんですよね。そこで、メディアのあり方や報道の意義について考えるようになりました。
大学時代はドキュメンタリー映画の制作や映画祭を主催するサークルに入り、ドキュメンタリーを知るうちに、メディアリテラシーに関心が出てきました。そこで学外の団体で「メディア寺子屋」という活動をやるようになり、故・天野祐吉さんや東浩紀さん、宮台真司さん、そして下村さんなど、さまざまな人にご登壇いただいたんです。90分間の講演を聞いた後、5~6人のグループにわかれて90分間のディスカッションをするという、いま振り返るとかなり参加者の負担が大きい構成でした。

下村:あれは、なかなか熱い若者の集まりでしたね。私もね、このJIMAがプロ版のそういうディスカッションの場になればいいなと思ってます。

星野:そうですね。当時の経験から、対面で意見を交換することの大切さを知りました。自分自身もJIMAの活動でいろんなメディアの方と接触する機会が増え、大変刺激を受けていますし、非常に良い活動だと感じています。

下村:その原点になった「放送禁止歌」という番組は、星野さんのどこを揺さぶったのですか。

星野:自分が何も考えていなかったことに気付かされたんです。たとえば一部の楽曲が「放送禁止」になっていることについて、その理由を疑問にも思いませんでした。漠然と「“何か”が禁止なんだろう」と思うだけ。いつ、どこで、だれが、なぜ禁止したのか。そんな基本的なことも想像できていませんでした。

下村:あの番組で一番インパクトあったのは、ラストシーンですよね。「一体誰が歌を規制したのか」というテーマをずっと追いかけ続け、ついに見つからず、最後に撮影を終えた森さんがロッカーを開ける。するとロッカーの扉の内側についている小さい鏡に、彼が今撮っているカメラのレンズがこちらを向いた状態でスッと映り、(それは)「おまえだ」とつぶやいて終わる……。

星野:結局、タブーを決めるのは視聴者自身であり、視聴者の思考停止が放送禁止歌を生んでしまう。だからこそ、「思考停止をしてはいけない」という強いメッセージが込められていると感じましたし、どんなことでも反対側の立場から考えないといけないなとも思いました。

下村:JIMAに対しても、「何かを禁止したり、タブーを作り上げたりする団体になるのでは」という懸念を持たれることがあります。警察化、密室化への警戒感というか。星野さんはその点、どう考えますか。

星野:ぼくは「良いものは読まれるし、価値は必ず読者に伝わる」と信じている人間です。だから逆に、こちらが何かを隠そうとしても、読者は全部お見通しだろう、と。
そこで必要なのは、オープンな議論です。何かが起こった時、特定のメディアの独りよがりにならず、メディア同士がお互いの様子を報じ合うことも必要だと思いますし、どういう議論が交わされているかを隠さず、表に出した方がいいと考えています。

たとえばテレビ業界では、報道倫理について、BPO(放送倫理・番組向上機構)などさまざまな場所で深い議論が行われていますが、その内容はなかなか表に出てきません。メディアがその重要性を認識していないということもありますが、自分たちに都合の悪いものを隠してしまうこともあるはずで。公表を前提にすると、議論の内容を丸めてしまうんです。でもとんがった議論も、その経過をオープンにすることで、読者から納得・共感をいただけるはずですし、報道側の学びも大きくなると思います。

「見出しで読者を裏切り、内容で裏切る」プレジデントオンラインの記事作り

令和メディア研究所主宰 下村健一さん
令和メディア研究所主宰 下村健一さん

下村:星野さんの《原点》から掘り下げて伺ってきましたが、次に《現在》について。紙とネットメディアの両方をやってきたことは、どう活かせてますか。

星野:紙の編集スキルがネットで生きるケースは多いと思います。紙は物理的制約があるから、何文字で言い切るとか、結論を短く簡潔に言い切るとか、制限がありますよね。そのスキルは結構生きてますね。
あと最近、プレジデントオンラインでは「読者を2度裏切ろう」といっています。まずは見出しで裏切り、そして内容で裏切るという考えです。これは雑誌的な考え方だと思います。

雑誌は、新聞とは違って「どういう見出しだったら読んでもらえるか」がスタートなので、見出しで中身を伝えることはあまり重要ではありません。だから雑誌のいい見出しとは、中身が想定できないような見出しです。見出しだけをみても、よくわからない。ここが最初の裏切りです。そして、その見出しで引きつけられた読者が、おそるおそる中身を読む。その中身は、読者を心底驚かせるものでなければいけません。中身を読んで、「こんな内容だったのか」といい意味で驚かせる。これが2度目の裏切りです。ここが雑誌の面白いところで、うちの記事作りでも心がけています。

下村:なるほどね。雑誌が生んだ手法が、ネットにもそのまま通用していると。

星野:雑誌、もしくは出版文化という言い方もできると思います。

ネットメディアが出版文化を継承していくには

下村:そういえば、2019年初頭のプレジデントオンラインで「雑誌はスローである」という話をなさっていましたね。それと対置するなら、「インターネットはファストである」という言い方もできますが、いまは宇野常寛さんとか瀬尾さん(瀬尾 傑・JIMA代表理事)とか、色々な方が「ネットでスローニュース」とも唱え始めています。星野さんは「ネットでスロー」は成り立つと思いますか。

星野:雑誌は新聞やテレビに比べ、発売サイクルが長いので、どうしてもファストにはなり得ません。だからこそ雑誌は、デイリーのメディアとは違うやり方で、どうすれば読者にフレッシュな内容を届けられるかを考え続けてきました。そのやり方は、インターネットにも使えると思いますし、実際、そういうネットメディアも増えていると思います。
あの記事では「ニュースメディアをハックする」ということも話していますが、それも同じ考えです。事実はすでに報道されていても、その事実に対して別の見方や新しい切り口を加えるものであれば、それは「ニュース」であると思います。われわれが「ニュースを扱っている媒体です」という時には、そういう「新しい見方を提示する」ということも含まれています。

下村:星野さんはやはり、雑誌が出発点にあり、ネットメディアでもその編集ノウハウを生かそうという姿勢が明確ですね。

星野:そうですね……、プロフェッショナルとしてのジャーナリスト、エディターという存在も大切だと考えています。もちろん、ネットにおける「集合知」はとても重要ですが、一方で、常日頃からそのことだけを考え、取材をしたり企画を立てたりする編集者やジャーナリストの存在は欠かせないと思います。
紙メディアというのは、いつかどこかで終わりが来る。それを引き継ぐのは、おそらくネットになるのではないか、と思うんです。ではプロとして、紙メディアで醸成された出版文化を、どういう形でネットに引き継ぐのか。それが、いまの関心事です。

これからのプロフェッショナルは、読者のコメントや意見、違和感などと向き合っていく必要があると感じています。いままでの編集者やジャーナリストは、そういう部分を軽んじていたのかな、と。個別のメッセージで応じていくのは難しいですが、寄せられた意見にはきっちり向き合ったうえで、次の記事を出していく。そうしなければ、すぐに「マスゴミ」と呼ばれてしまうはずです。読者に向き合うという新しい宿題が、プロの編集者に求められていると思います。

下村:JIMAでも、そうした「向き合い方」について、共通の悩みや課題として考えていくことになると思います。JIMAは「メディアの創造性と信頼をともに。」ということを謳っていますが、いまメディアへの信頼は大きく揺らいでいます。この「信頼性」というテーマについて、プレジデント社の方向や考え方はどういうものですか。

星野:うーん。愚直に信頼を積み重ねていくしかないと思います。
たとえば雑誌文化でいえば、ぼくは“匿名の筆者”の存在を大事に思っているんですよ。雑誌に載っている匿名や無署名のコラム記事は昔から大好きでした、雑誌だけでなく、たとえば日本経済新聞には『大機小機』という匿名コラムがあり、いつも話題を振りまいています。一方で最近のネットには、「著者は顔や素性を明らかにしないとダメだ」という論調があります。本当にそうなのか。先ほどと反対のことを言うようですが、何でもオープンにするというのは息が詰まるというか……。だから「それは全部なくさないほうがいい」と思っているんです。

下村:面白い視点ですね。JIMAももしかしたら、メディアの信頼性回復のためには「執筆者の出所を明らかにしましょう」といったことを打ち出すかもしれません。でも、「それだけでいいの?」という問題提起は、すごく大きいと思います。

星野:ひとつの考え方として、「その媒体の責任者が、何かあった時に責任を負う」という前提があれば、匿名でも読者に受け入れてもらえるのではないかと思います。書きっぱなしではなく、間違いがあれば媒体が責任を負う。匿名であれば、媒体の責任はより重くなります。匿名であることに逃げない体制を整えていれば、「匿名でもいいんじゃないかな」と思うんですよね。ペンネームや変名は出版文化と切っても切れないですし、そういうものも含めて引き継いでいきたいですね。

下村:「もやっとしたものを載せる、クリアな責任」というか。

星野:そうです。媒体が機能しないと、匿名のいい記事は出てこなくなって、「じゃあブログやツイッターでいいじゃないか」となるでしょう。でも、そういうブログやツイッターで、誰も検証しない匿名の書き込みだけが広がっていく状態は、むしろフェイクニュースの温床になると思うんです。だから匿名であっても、「プロとして責任を持って、その中身を出していく」ということが必要で、そこをうまく整理していけると、フェイクをちゃんと止められると思うんですよね。

「良貨が悪貨を駆逐できる」仕組みづくりへ

下村:貴重な視点の投げ掛け、ありがとうございます。最後に、星野さんがJIMAでやりたいことを具体的に教えてください。

星野:ネットメディアの良いところをさらに伸ばしていくことができればいいなと思います。たとえば「インターネットジャーナリズム賞」をJIMAで作って、いいものがもっと読まれるような流れを作りたいですね。
また「記事の価値」についても、もっと議論したいです。価値の高い記事を多くの人に読んでもらえる手伝いがJIMAでできるのなら、「良貨が悪貨を駆逐できる」のではないかな、と。

下村:そういう場を、皆で一緒に目指しましょう。今日はありがとうございました。

(まとめ:岩崎史絵/写真:オオモトケンジ)


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