21世紀のメディアの課題と未来を考える–Internet Media Awards創設を発表
2020年11月、JIMA(インターネットメディア協会)主催のオンラインカンファレンス「Internet Media Days 2020(IMD2020)」が開催されました。インターネットメディアをめぐる現状や課題、そしてあるべき将来に向かってさまざまな講演、議論が行われました。
本稿では、そのプログラムのなかから、「[ディスカッション]JIMAが考えるメディアの課題、そして未来」をご紹介します。JIMAの中心メンバーの3名、インターネットメディア協会(JIMA)代表理事 瀬尾 傑を司会に、NewsPicks for Business 編集長/AlphaDrive 統括編集長 林 亜季氏、株式会社ジェイ・キャスト 執行役員 企画営業本部長/JIMA理事 蜷川聡子氏が、現下のインターンネットメディアの課題を語り、その未来をめざして「Internet Media Awards 第1回」の発表と概要を紹介します。(JIMA事務局/IMD2020実行委員会)
ネットメディアと従来のマスメディア、それぞれの課題とは
瀬尾:このインターネット時代、メディアを取り巻く課題はさまざまなものがあります。そこでまず聞きたいのですが、従来のマスメディア、そしてネットメディアに共通する課題です。果たして、そういう課題はあるのか。それはどんなものなのか。また、この時代だからこそ抱えている、メディア個別の課題はあるのか。
この点について、新聞社出身であり、紙の老舗メディアとネットメディアの両方の業界で経験のある林さん、そして専業ネットメディアとして老舗のJ-CASTニュースをビジネスサイドから支えている蜷川さんに話を聞きたいと思います。
林:新聞からWebや紙雑誌を経験し、編集も営業も両方経験したことがありますが、いろいろ横断している立場からすると、「10年くらい前は、Webメディアがすごく盛り上がっていたな」という印象があります。忌憚なく言えば、この10年を考えると、Webメディアはマスの資産をちょっとずつ食いつぶしながら生きてきたんじゃないかな、と。
たとえば新聞社の場合、もともと新聞事業という基盤があるし、数千人規模で記者を抱えているので、低いコストでWebに記事を掲載できるわけです。その構造がずっと続いている。本来事業の切り売りですよね。
プラットフォーム依存や、記事単体をバラ売りするアンバンドル化など、昔から指摘されていたことが今でも続いています。——林 亜季氏
また、コンテンツの流通もあまり変化していません。プラットフォーム依存や、記事単体をバラ売りするアンバンドル化など、昔から指摘されていたことが今でも続いています。この構造を改善し、デジタルはデジタルでちゃんと成り立つような仕組みを作らないといけないと感じているんです。
一方で、マスメディア自体は「もうマスの時代じゃない」ということで、収益の柱である広告がデジタルにシフトしています。そうやって、デジタルに広告費が集まる一方で、記事制作や流通では、既存資産やプラットフォームに依存するなど、変化できていない感があります。
瀬尾:それ、よくわかります。僕はもともと雑誌畑なんですが、本格的にデジタルに関わり出したのは8年くらい前で、その頃から徐々に雑誌ビジネスの限界がいわれるようになってきたんですよ。で、「ネットにクオリティの高いコンテンツを持って来れば、マネタイズのチャンスがあるのでは」と思っていたんですけど、未だに成果を出して切れていない。継続的に事業をできる体力もそうですが、影響力という点でも課題はたくさんあると思っているんです。
蜷川さんはこの点についてどうお考えですか?
蜷川:J-CASTニュースが始まったのが2006年なんです。創刊から14年経っていますが、ビジネスモデルが随分変わってきたと感じています。
J-CASTニュース立ち上げの頃は、ポータルサイトへの記事配信料や指名買いの純広告が大半でした。その後運用型広告が登場し、現在はこちらの収入がかなり増えています。運用型広告の場合、さまざまな間接費用がかかるので、広告主が出した広告費が100%メディアに落ちてくるわけではないんですよね。さらに、間接費用は増える傾向にある。
どういうことかといえば、表現が過激な広告や、コンプライアンス的に問題がある広告が入らないようにするために、それを防ぐいろんなツールを使わないといけないんです。一方でメディアに問われる責任はますます大きなものとなり、信頼を得るために売上が小さくなっていく可能性がある。
こういう状況のなか、運用型広告というスタイルが未来永劫ずっと続くかといえば、それはわかりません。14年間の経験からお話しすると、お金の入り方は数年単位で変わってくるので、運用型広告もそんなに続かないかもしれません。要はまだ安定していないんですよね。ビジネスサイドを見ている身としては、ここを何とかしたいところです。
また、先ほど林さんからも「マスメディアが本来の事業を安く切り売りしている」という話が出ましたが、ネット専業メディアも同じで、ほとんどの会社が、受託開発など他事業を展開し、そこがメディア事業を支える構造になっていると思います。ジェイ・キャストも、いまでこそメディア事業が売上の7割ですが、メディア事業開始後数年間は別の事業で赤字を支えていました。ネットメディアだけで成り立つところが少ないという状況は、大きな課題です。
瀬尾:コンテンツの流通に関してはいかがですか?
変わらないのがコンテンツです。私はずっと「コンテンツは死なない」と言っているんです。——蜷川聡子氏
蜷川:テレビや新聞は、自分たちでコンテンツを届ける経路を持っていますが、ネットメディアはそこがありません。それは業界全体で考えていきたい課題です。
ただ、デジタルの流通経路って少しずつ隆盛があるんですよ。J-CASTニュースの例でいうと、最初はポータルサイトで見ていただいて、その後はモバゲーやGREEなどのSNS、そしてキュレーションアプリと、トレンドが変化してしまうものもあれば、新たに主流になるものがあるんです。
その中で変わらないのがコンテンツです。私はずっと「コンテンツは死なない」と言っているんです。
良いコンテンツを作り、届けるためには「教育」が必要
瀬尾:僕もいろいろなメディアの人と話すのですが、やはり流通面はデジタルの大きな課題となっていますよね。最近だと、日本経済新聞やニューヨークタイムズが展開しているサブスクリプション(サブスク)に注目が集まっていて、「僕らもサブスクをやろう!」と声を上げるメディアも増えています。
ただ、サブスクを作るためには、やはり強固なブランド力や資産が必要なので、みんながみんな成功できるわけではない。他社が成功しているからうちも、ではなく、自分たちのやり方を考えていくということが必要だと思うんですね。
そのなかで、いま蜷川さんが指摘した「コンテンツ」、もっと言えばコンテンツを作る部分というのは、大きな価値だと考えています。そこで伺いたいんですが、いいコンテンツ、いいメディア、価値のあるメディアというのは、何によって成り立つとお考えですか。
林:私が大上段に言えることではないんですけど、やはり信頼ですね。その信頼は、「編集者、記者の前に、ひとりの人間としてしっかりしないといけない」という思いが紡ぐものだと思うんです。
昔も今も、社内でよく言っていたんですが、我々よりも読者の方がいろんなことを知っているんですよ。経済メディアは特にその傾向が強いです。だから、読者の視点に立って、自分がひとりの人間としてどう見えるかを意識しないといけません。
たとえば今、コロナ対策で企業の決算発表会などがオンラインになっています。従来の記者会見なら、経営者がこちらを向いていて、質問する記者は背中しか見えなかったのですが、オンライン中継で、発言する経営者の横に記者の顔や表情が映されるようになりました。そうすると、相手に対するリスペクトや態度など、見ている方に丸わかり何です。そこでもし、傲慢な表情が一瞬でも垣間見えたら、その記者の所属する媒体の信頼はいっぺんに崩れると思うんですよ。つまり「報道側の姿勢まで全部見られてしまう時代」であり、そういうシビアさはますます強くなると思います。だからこそ、読者との目線、行動に気をつけて、信頼を紡いでいく必要がありますよね。
瀬尾:ありがとうございます。さて、「信頼」はJIMAの大きなテーマですが、その取り組みのひとつとして、リテラシー教育に力を入れています。蜷川さんはリテラシー教育の担当理事として活動されていますが、リテラシー教育に取り組む意義はどこにあるのでしょうか。
蜷川:JIMAのリテラシー部会は、元TBSキャスターの下村健一さんを中心に活動している部会です。私自身は編集者ではないのですが、メディア企業で「いいコンテンツを作る」ことをミッションにし、また2人の子どもを持つ身として、メディアリテラシーについて考えるようになったことが、部会活動への参加のきっかけです。
私たちがどんなに力を入れ、良いコンテンツを作っても、それを置くだけでは誰も見てくれません。そして何より、未来の若い人が、頑張って作ったコンテンツをどうやって見てくれるのだろうか、彼らが何を「良いコンテンツ」と思うのか。情報をうまく判断できなければ、見つけてもらえないのではないか——もともとメディアリテラシーについて活動していた下村さんにこんな問題意識を話したところ、一緒に活動していくことになりました。
お断りしておくと、これは「JIMAのコンテンツを見ましょう」というものではありません。3カ月に1回のペースで、一般公開も含め、正しい情報をどう判断するのか、どう情報を活用するのか、そんなメディアリテラシーのポイントやコツを、セミナーやワークショップを通じて多くの方にお伝えしているものです。
JIMAはポジティブな団体であることを目指していますが、メディアリテラシーを通して子どもの未来を創っていくことは、まさにその目標のひとつです。——蜷川聡子氏
そしてもう1つ、情報を届けるためには、届ける人たちがどういう行動をしているか、私たち自身がもっと知る必要があります。「コンテンツを置くから、こっちに来て」ではなく、むしろこちらから届ける方法を私たちも学ぶべきだと考えているので、現役の高校生とディスカッションするといったような、双方向性をもって活動しています。
瀬尾:JIMAはポジティブな団体であることを目指していますが、メディアリテラシーを通して子どもの未来を創っていくことは、まさにその目標のひとつです。そしてそれ以前に、「メディアが信頼できる情報を発信できる仕組み作り」も重要なものと考え、「発信者のためのリテラシー教育」も展開しています。このIMD2020でも、現役高校生とメディアリテラシーに関するディスカッションを行うなど、非常に面白い企画に次々と取り組んでいますよね(「[ディスカッション]高校生と本気で考える『コロナとメディアリテラシー』」)。
ネットのポジティブな面をたたえる「Internet Media Awards」とは
未来と信頼をつくる挑戦者をたたえよう
瀬尾:この流れでもう1つ、JIMAが目指している「ポジティブな未来をつくる」という取り組みを紹介したいと思います。これについては、林さんからどうぞ(笑)。
林:わ、突然の流れですが、それでは発表させていただきます(笑)。このたび、私たちJIMAで新たに「Internet Media Awards」を創設いたしました。これは未来と信頼をつくるため、さまざまな課題に挑戦しているメディアをたたえる賞で、これをきっかけに、ポジティブな取り組みをしているメディアをポジティブにたたえていく方向になることを期待している取り組みです。
いままでお話ししてきたように、ネット上にはリテラシーの問題もありますし、誹謗中傷もあります。そんなネガティブさは枚挙にいとまがないのですが、でも、こうしたネガティブをポジティブが凌駕するために、このアワードを創設しました。
応募要項はこちらにありますが、基本情報を紹介すると、「2020年1月1日〜12月31日の期間内に公開されたコンテンツや活動」を対象に、(1)テキスト・コンテンツ部門、(2)ビジュアル・コンテンツ部門、(3)スポンサード・コンテンツ部門、(4)メディア・イノベーション部門、(5)メディア・ビジネス部門、(6)ソーシャル・インパクト部門の6分野で、応募の受け付けを開始します。応募締め切りは2021年の1月12日です。
瀬尾:かなり広いカテゴリーですね。
JIMA会員の方だけでなく、非会員の方からも、また、自薦他薦を問わず広くAwardsに応募していただくことを目指しています。——林 亜季氏
林:はい。これも特徴的だと思うのですが、編集もビジュアルもテクノロジーも社会活動も、いろんな部門で表彰するということがポイントなのです。JIMA会員の方だけでなく、非会員の方からも、また、自薦他薦を問わず広く応募していただくことを目指しています。
最終選考については、JIMA会員ではなく、外部の選考委員にお願いいたします。現在、選考委員候補の方々にアプローチ中で、決定次第発表いたします。JIMAが上から目線で表彰するのではなく、メディアに関わる全ての方々で盛り上げていくことを目標にしています。
瀬尾:非常に楽しみです。それでは最後に、林さん、蜷川さんから、メディアの未来に向けて一言ずつお願いします。
メディアの未来は、すでに目の前に
林:そうですね、未来という点で考えると、私たちメディアが他業種から学べることはたくさんあるのではないでしょうか。例として、同じコンテンツビジネスでは音楽業界があります。CDパッケージの販売が減少し、音楽配信サービスで1曲1曲がアンバンドル化されて消費されるようになるなか、レコードの売上が伸びるといったようにコアなファンを発掘したり、ライブやグッズといったリアルなものの価値が上がったり、そういう取り組みに、ヒントがあるかもしれません。
ファッションにしても、米国ではDirect to Consumerという形でブランドが直接消費者とつながり、そうしたファンの心を掴んで離さないなど、新たなモデルが生まれています。我々も、読者を虜にするような手が打てれば、PVを追いかけるモデルから脱却できる可能性があります。
そしてやはり、そういう世界を築くには、私たちが良い価値づくりを目指し、その取り組みを素直にたたえるポジティブな循環が生まれることが第1歩だと思います。また、メディアとジャーナリズムが機能するためにも、収益モデルがしっかりともなっていることが必要なので、ビジネス的な基盤づくりやその可能性について、これからも考えていきたいと思います。
ここに集まっているメディア企業は、ある一面では競合ですが、JIMAというひとつの社会でそれぞれが役割を果たし、より良い方向へみんなで向かっていけると思っているんです——瀬尾 傑
蜷川:編集者、記者の方は、信頼性はもちろん、コンテンツの質についてもしっかり考えてるので、ジェイ・キャストもともにこの議論は深めていきたいと思います。そしてJIMAについて言及すると、ここに集まっているメディア企業は、ある一面では競合ですが、JIMAというひとつの社会でそれぞれが役割を果たし、より良い方向へみんなで向かっていけると思っているんです。教育や表彰、そのほかにももっといろんな役割があるでしょう。
2020年の4月にオーストラリアで、紐状につながった世界最長クラスの「クダクラゲ」が発見されたというニュースがありましたが、あれは1つひとつの個体が集まって、食べる役割や排泄する役割、生殖の役割などを果たし、生命体を構成している。JIMAにも、コンテンツプロバイダーの方はもちろん、プラットフォーマーの方々にももっと参加していただいて、議論を深めていければいいなと思っています。
瀬尾:僕からも一言。まず課題面で言うと、未来のためにはやはり人材が必要だと思っているんです。特に教育ですね。インターネットメディアは、いろいろな人材を必要としているのにも関わらず、教育の仕組みができていないところが多いですよね。
では、次の時代を担うメディアの人材を、どうやって教育していくのか。そういうことをJIMAでは課題のひとつとして考えていきたいと思っています。本日はありがとうございました。
(まとめ:岩崎史絵)