情報の受け手が進化すればメディアの質も上がっていく——NewsPicks金泉俊輔さん
聞き手:JIMA理事/令和メディア研究所 主宰 下村健一さん
「経済を、もっとおもしろく。」の標語を掲げ、2013年9月にリリースされたソーシャル経済メディア「NewsPicks」。その特徴は、独自の経済ニュースの提供に加え、キュレーション、そしてコミュニティ活動と3つのサービスを展開していること。専門性の高い読者の知見が、ニュースへの「コメント」に投影されているので、情報を一方的に受けるだけではない知的活動が展開されています。そんなNewsPicksで編集部を統括されているのが金泉俊輔さん。金泉さんに、JIMAに参加した理由や目指していること、インターネットメディア協会(JIMA)に期待していることを、JIMA 理事でジャーナリストの下村健一(令和メディア研究所主宰)さんが聞きます。
ネットメディアを形成した立役者からの突然の依頼
下村:JIMAに参加しているメディアの方々に、その問題意識や目指す活動を伺うインタビューシリーズの第2弾です。早速ですが、NewsPicksがJIMAに参加した理由を教えてください。
金泉:正直にいってしまうと、藤村厚夫さん(スマートニュース株式会社フェロー)と瀬尾傑さん(スマートニュース メディア研究所所長)から直接参加の打診があったからです。となると、断れませんよね(笑)。
下村:(笑)なるほどね。いや、非常にわかりやすいご回答をありがとうございます。断れないと言っても、別に弱みを握られているわけじゃないとすれば、そこにはやはり何か、このお二人ならと信頼に足る理由があったのでしょうか。
金泉:そうですね、やはり私自身が藤村さんや瀬尾さんがインターネットメディアを形成していく過程を見てきたということが大きいと思います。講談社で『現代ビジネス』や『クーリエ・ジャポン』などのインターネットメディアを統括してきたご経験がある瀬尾さん、アットマーク・アイティ(現アイティメディア)の創業経営者であり、その後、スマートニュースというキュレーションサービスでメディアパートナーとの関係を確立させてきた藤村さんの活動を見てきたことで、その考え方や行動に賛同しているんです。
「意思決定に貢献する」「ニュースの多面性を伝える」の2つを重視
下村:JIMAではどのような役割を担っていきたいとお考えですか。
金泉:私たちのNewsPicksはちょっとほかと違うメディアなんです。まず、自分たちで取材して情報発信する部門があり、そしてキュレーションする部門があり、コミュニティ活動を展開する部門がある。NewsPicksはこの三位一体で動いています。
そのため、こういう団体に加盟していることも少ないのですが、情報発信とキュレーションの両方の立場を持つという特異性を活かし、情報共有やディスカッションできる部分があると思います。
下村:たしかに、NewsPicksの立ち位置はユニークですね。そこで伺いたい。JIMAはテーマのひとつに「メディアの信頼性」を掲げていますが、これについて“三位一体”のNewsPicksはどのような意識をしてメディアを運営しているのでしょうか。
金泉:大きくは2つあります。
まず、NewsPicksには「若いビジネスパーソンの意思決定に貢献できる情報を提供していこう」という理念があり、この理念を実現する情報を提供することを心がけています。
意思決定というとビジネスライクな響きがありますが、キャリアや日常生活も含め、何らかの意思決定に貢献しようということです。これに関してはかなり意識していますね。たとえば企業の決算情報が出た時に、どういう読み方をすればいいか明示することも1つのやり方ですし、仕事のキャリアアップについて迷っている読者に対しては、キャリア形成の方向性について取材記事を出していく。それが「貢献」の部分です。
下村:的確な貢献によって、「信頼性」を獲得していくと。もう1つは?
金泉:抽象的な表現になりますが、ニュースが持つ多面性、多面的な見方を尊重しています。NewsPicksの方針の一つに「News is not always black and white」ということばがあるんです。「ニュースは必ずしも白黒ではない(白黒で判断できない)」という意味なのですが、これも大切にしているコンセプトなんです。具体的な方法として、コメント欄やキュレーションで「多面的な見方ができる」ということを伝えています。
下村:あぁ、私もTBSテレビのキャスターやレポーターをやっていた時、オンエアーで「テレビはもう白黒ではなく、カラーです。私たちは最終回答を示すわけではありません。判断材料を示しているんです」ということを明言していました。
金泉:非常に似ていますね。メディアはともすると、何らかのイデオロギーに偏るリスクがありますが、NewsPicksはあまりそれを出さず、フラットにするように心がけています。
下村:多面性の尊重によって、「信頼性」を獲得する。これが2点目ですね。
読者が鍛えるNewsPicksの記者スキル
下村:いま話に出た1点目の方、「意思決定に貢献できる情報を提供する」ということに関してですが、情報が玉石混交で混沌としている状態のなかでそれを実践するには、メディア側に高いスキルが求められると思います。NewsPicksはそれをどう実現しようとしているのでしょう?
金泉:まず基本として、きちんとしたスキルを持つ記者・編集者が集まってきており、社内でガイドラインも定めています。
でも実はNewsPicksの場合、記事のコメント欄の力がスキル育成に大きく貢献しているんですよ。読者のなかには、記者よりも高い専門性を持つピッカーの方がいらっしゃいます。そのピッカーに自分の書いた記事がさらされることで、記者が育つんですね。自分たちが認識の浅いまま記事を執筆すると、必ずコメントで指摘が入るので、成長スピードが非常に速い。コミュニティによって記者も育てられるというのが特徴の1つですね。
下村:それはいい構造といえますね。罵詈雑言で頭を叩かれるのではなく、高度な指摘で尻を叩かれる。
金泉:ありがとうございます。きつい、シビアという人もいますが、NewsPicksは幸か不幸かそういう構造になっているので(笑)。
たとえば2019年3月、東大阪市にあるセブンイレブンのFCオーナーの方が24時間営業に関して本部に提訴したというニュースがありました。NewsPicksの泉(秀一)記者らがその店舗の時短営業時の損益計算書を独自入手し、それを記事にしたんです。コメント欄の反響はものすごく、本部側の関係者やFC関係者、一般読者など、その件に関して非常に詳しい方々が喧々諤々の議論を交わし、記事の内容についても指摘されました。こちらはもちろん、コメント欄で誤りが指摘されたらファクトに合わせて修正することもあります。
下村:記事に対する感想の域を超えて、もはやコメント欄自体が1つの記事ですよね。
それで思い出したのですが、1999年ごろ、カナダのメディアリテラシー教育を取材したことがあるんです。その教育プログラムに映像素材を提供しているテレビ局のプロデューサーに、「わざわざリテラシー教育などせず、視聴者は何も考えずにいてくれる方が局にとって都合がいいんじゃないですか」と、敢えて尋ねてみたんです。
するとその人は躊躇なく、「視聴者の質が上がると、われわれの番組の質も上がるから」と即答したんです。いまのお話と似ていますね。
金泉:似ていますね。読者の質が上がることでメディアの質も高くなっていく。NewsPicksの場合、読者やピッカーが編集部よりも優れた知見を持っている場合は、一体となって記事の品質向上に努めている感じですね。
コメント欄の主義・主張の違いによるトラブルをどう解決する?
下村:そしてもう1点の、多様な意見を尊重するという姿勢。これもすばらしいと思いますが、そうすると、さまざまな読者が自分の主義・主張を表明して、そのうち罵り合いや罵倒などに発展することもあり得ると思います。そういうトラブルはどのように解決するのでしょうか。
金泉:事実誤認のコメントにLikeがついて広まってしまうこともあるにはありますが、NewsPicksでは徐々に淘汰されていく形になっています。そもそも誹謗中傷のキーワードが入っているコメントは上にあがらないようするなど、技術的な部分で解決しているケースもあります。
あと、NewsPicksには、コメントによって起きる軋轢を解決するコミュニティチームがあるんです。技術で解決する仕組みもありますが、トラブルはそもそも感情のもつれとか事実誤認によるものが多いんですよ。それを解決するチームがあって、ピッカーと向き合いながら直接トラブルを解決していきます。
下村:それは、JIMAにとっても非常に参考になるお話ですね。そういうトラブルで疲弊して消えていくネットメディアも多いと思いますから。
金泉:そういうトラブルの解決には、最終的に人の力が必要だと考えています。もちろん、そういったことが起きない空間にするためのコミュニケーションも取っているんですけどね。
それにコミュニティチームが動き過ぎるのも良いとはいえません。活発な議論やコミュニティ活動には、少々は意見のぶつかり合いがあった方が良いからです。
下村:最後は、生身の人間どうしが向き合うこと。さりとて、あまり早くは出過ぎないこと。本当に示唆に富んでいますね! そのサジ加減、議論と喧嘩はどこで区別するのですか。
金泉:そこにフェアネス(公正さ)があるかどうかですね。ある意味、ファクトと同じようにフェアネスを重視しているところがあります。たとえ有名人のピッカーでも、議論にフェアネスがなければ、対応を考えます。
下村:そういう対応のノウハウ、知見はぜひ共有していきたいですね。
金泉:私たちもいろいろな知見や課題を共有したいです。NewsPicksは早くからサブスクリプションモデルを取っており、安定した読者を基盤にPVだけに頼らない記事づくりを実践しています。この時代だからこそ、メディアのビジネスについても考えていきたいです。
新聞やテレビ、雑誌が「世の中」への入り口だった子供時代
下村:この質問はこのシリーズでは必ずお尋ねすることにしているのですが、金泉さんは、どういうきっかけでメディア業界に入ろうと決意したのですか。
金泉:割と幼いころから編集者になりたかったんです。地方に住んでいて情報に飢えていたことに加え、父親がいなかったので、新聞やテレビ、雑誌が父親代わりに社会や世の中を教えてくれる存在だったんです。で、情報を受けるだけでなく、つくる側に回りたいと思うようになりました。学生時代からライター活動をして、出版社に入社したんです。
下村:ネットメディアへの関心はいつごろから?
金泉:1990年代後半からでしょうか。2000年代前半はIT担当の編集者として六本木ヒルズに通い、当時の楽天やヤフー、ライブドア(現LINE)を取材していたんです。ライブドアについては、堀江さんの本をつくる予定でずっと密着していました。そんな折にライブドア事件が起こって、見本までできたのですが、発売中止になったこともありました。
皮肉な話ですが、その時、さらにデジタルメディアの可能性を感じました。当時、比較的早い時期から雑誌のデジタル化を推進し、実際に自分で『日刊SPA!』というオンラインメディアを立ち上げて編集長になって、紙メディアとデジタルメディアを並行して運営していたんです。
下村:初めは取材者として、その後はプレイヤーとしてインターネットメディアに関わってきたわけですね。そんなネットメディアの更なる発展に向け、ネットユーザーの方に伝えたいメッセージをお聞かせください。
金泉:先ほどの「News is not always black and white」じゃないですけど、何事も白黒だけで判断しないことですね。これからは居心地の悪い情報、自分の趣味ではない情報も積極的に取りに行く姿勢を持つと共に、あるニュースや掲示板が自分にとって居心地のいいものであれば、それをちょっと疑ってみるという感覚を持つ方がいいかもしれません。情報を公正に取捨選択できるかどうかは、結局自分自身で解決するしかないと思うんです。だから、NewsPicksに気に入らないコメントがあっても、ちゃんと読んでいただきたいですね(笑)。
下村:好物のケーキばかり食べずに、ちゃんと野菜も食えと。そうやって、私たち一人ひとりが賢明な“NewsPicker”になることが大切、ということですね。
(まとめ:岩崎史絵/写真:ATZSHI HIRATZKA)