シリーズ : メディアの現場から

「報道が社会に与える影響」について想像力を持ってほしい——毎日新聞グループホールディングス小川一さん

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聞き手:JIMA理事/令和メディア研究所 主宰 下村健一さん

ソーシャルメディアやインターネットの論壇での積極的な発信で知られる毎日新聞グループホールディングス取締役デジタル担当の小川一さん。1981年に毎日新聞社に入社して以来、ジャーナリズムの第一線を走り続けてきた小川さんは、ソーシャルメディアを駆使し、ネットメディアにも造詣が深いジャーナリストです。そんな小川さんは、実はJIMA(インターネットメディア協会)設立に携わってきた中心メンバーの1人。新聞という紙(印刷)メディアの世界に所属しながら、なぜネットメディアが集まるJIMA設立に関わってきたのか。そこには、自身が「報道で傷つけられたことがある」という経験があり、「人を傷つけない報道の実現に全力を挙げてきた」というジャーナリストとしての思いがあるとします。令和メディア研究所主宰でJIMA理事の下村健一が、その思いを聞きました。(事務局)

JIMA参加の根底にある「報道が人を傷つけることはあってはならない」という意識

下村:小川さんはJIMA設立前、まだ数人の集まりだった時から参加されていたそうですね。この連載の第1回の古田大輔さんも初期メンバーですが、古田さんはBuzzFeed Japanというネットメディアの創刊編集長(当時)で、いわばネットメディアの当事者でした。一方、小川さんは当時も現在も紙(印刷メディア)の新聞社にいらっしゃるわけですが、それがなぜ、どういうきっかけで参加されたのでしょうか。

小川:信頼されるインターネットメディアのためにメディアが力を合わせるネットワークをつくりたい、というお誘いを古田さんやスマートニュースの藤村厚夫さんから受けて、この協会の設立準備会にあたる会合に参加しました。その後、準備会のメンバーは増えてゆき、他の全国紙も参加していました。しかし、協会設立時に正式参加したのは毎日新聞だけという結果になりました。他の新聞社が設立時の参加を見送ったのは、やっぱり紙のメディアは「ネットとは違う」という意識があったように思います。

私は以前から「いまは紙とネットで分ける時代ではない」と考え、毎日新聞も「紙かデジタルか、ではなくコンテンツファーストのメディア」を志向していましたので、ごく当たり前の判断として参加を決めました。私も協会に集まった皆さんと同じように、「インターネットを良くしよう」という志が強くありました。

毎日新聞グループホールディングス 取締役 デジタル担当 小川一さん

下村:その「良くする」とは、つまりどういうことですか。

小川:メディアのあり方を考えるうえで、私には忘れられない言葉があります。毎日新聞社が「開かれた新聞委員会」という第三者機関を新聞業界で初めて設立した際、日弁連(日本弁護士連合会)会長を務めた故・中坊公平氏から強く諭された「違法性の阻却」という言葉です。
違法性の阻却とは、たとえば医師がメスで人を傷つけても傷害罪にはならず、違法性を免除されるという考え方です。人命を守るための行為だから体を傷つけても違法ではないわけです。中坊さんは「同じように皆さんは、ペンという“メス”を持っていて、同じように人を傷つけている。しかし、違法と言われることはない。なぜならそこには『公共のために、世の中のために良いことをしようとしている』という前提があるからだ。それにより、違法性が阻却されていることを忘れてはならない」と指摘されました。

現代は、誰もがネットで情報を発信できる時代です。ネットの登場する前は、ペンというメスを持つのはマスメディアだけでした。しかし、いまは多くの人がメスを持ち、互いに傷つけ合っているように思います。これを何とかしたい、という問題意識がありました。
それに、昨今は事件当事者の実名や顔写真がネットにあふれる現実があります。マスメディアの報道では、匿名にするか、実名報道するかについては、それこそ喧々諤々、魂を賭けるほどの議論を行います。しかし、そうして匿名にしたとしても、ネットでは実名も顔写真もすぐに拡散されていきます。どうすればいいのか、リテラシーをどう高めていくのかという問題意識もあり、このJIMAのような団体の必要性を感じていました。

紙メディアとJIMA、相互に与える影響とは

下村:JIMAとしては、さらに多くの伝統あるメディアに参加して欲しいと思っています。ですが先ほど小川さんもおっしゃったように、「ネットメディアと我々(紙メディア)は違うんだ」という思いも根強くあるなかで、そこを乗り越えて参加いただくためには、JIMA側は何をするべきでしょうか。

小川:やはり、ネットの中で起きていること——いいことも悪いこともすべて含めて、いろいろなこと——を、皆んなで共有している姿を見せることが必要だと思います。というのは、新聞社は、実はネットのことをよく理解していないんです。これほどネットが普及し、ニュースへのファーストタッチがスマートフォンになっても、ネットの世界は自分たちとは別のものだという意識がまだ強くあります。ですから、ネットのことが肌感覚として理解できるような情報発信が(JIMAの方から)あれば、とても有用だと思います。

下村:では、もし今後その「肌感覚での理解」が進んで、新聞社がJIMAに参加するようになったとしたら、ネット界で生まれ育ったメディアにとってはどのようなプラスの影響があるとお考えですか。

小川:ネットメディアの場合、「匿名か実名か」で悩む経験があまりなかったと思います。事件当事者の写真の多くはSNSにすでにあるので、顔写真を取りに行く必要もありません。

一方、新聞社は長年、報道倫理を踏まえてどう情報を発信するべきか、議論を重ねています。その議論の蓄積は、決して無駄ではないと思います。新聞社をはじめとするマスメディアが長年考え続けてきたことを共有するだけでも、大きな意味があると思います。ネットメディアもネットユーザーも自分たちが「メス」を持っていることに気づいてもらうきっかけにもなると思います。
それに、紙にしても電波にしても、社会における訴求力はまだまだ非常に大きいものがあります。JIMAで議論されたことを、私たちレガシーメディアを通じて報道することで、今の情報環境の問題点や課題が広く共有されていくと思います。その意味でもレガシーメディアの参加はもっと増えて欲しいですね。

下村:逆に、JIMAの方からレガシーメディアに提供・共有できる知見には何があるでしょう?

小川:ネットジャーナリストの方の活動を見ていますと、取材プロセスを積極的に公開しています。それに対し、われわれ紙メディアはこれまで取材のプロセスを一切明らかにせずに記事を書いてきました。それは程度の差はあれテレビも同じです。もちろん情報源は秘匿するという使命は大切であり報道の大前提ですが、情報源の秘匿とは関係のないところでも公開には消極的です。それは私たちにしみついている「上から目線」だと思います。

ネットのジャーナリズムは、プロセスを公開し、たとえ何か間違いがあっても、その原因解明と修正にリアルタイムで取り組んでいきます。プロセスを明らかにすることで受け手の信頼を獲得しています。レガシーメディアはそのノウハウを教えてもらう。それによって、触発されることが大きな変化になると思います。

新聞報道で傷つけられた経験が、報道を目指した原点。そして今……

下村:なぜ小川さんは、ジャーナリズムに対してそういう問題意識を持たれるようになったのですか。

小川:実は小学校6年生の時にある新聞から取材を受けたことがきっかけです。祖父が華道の家元だったので、小学生の私がそれを継ぐ——というストーリーでした。親戚じゅう大喜びのいい記事だったのですが、小学校のクラスで「(小川は)そんなに立派な奴じゃない」みたいな反発があったんですよ。記者は善意で書いてくれたのに、報道されたことで傷つくという体験をしたわけです。そこから、書かれる立場というものに興味を持ち、「書かれる立場がわかる記者になりたい」と思い始めました。

下村:小川少年としては、聞かれたことに素直に答え、求められたポーズで写真に撮られただけなのに、「ええカッコしいをするな」と。それはまた、強烈な原体験でしたね(笑)。

小川:家元を継ぐ意思はなかったのですが、そういうストーリーで新聞に載ってしまったことで、いろいろな波紋もありました。
そして大学に入り、マスコミュニケーション論などを学ぶなかで、2年生の時に本格的に「新聞記者になりたい」と思うようになりました。新聞記者は当時の花形職業でしたし、素朴に憧れた部分もあったと思います。

下村:そうそう、新聞記者が憧れの職業だった時代がありましたよね。ところがいま、新聞社は不人気だそうですが、なぜそうなってしまったんでしょう。

小川:悲しいのですが、やっぱり「上から目線」というものがこびりついていたのは確かだと思うんです。新聞・ジャーナリズムには、たとえ1億人に不買運動を起こされようと、国家権力が圧力をかけようと、「本当に伝えるべきものは伝える」ことを魂としています。しかし、それが高じると、「記者が伝えたいことは読まれて当然」という「上から目線」となってしまいます。また、誰もが自由に発信できる時代になり、発信手段を独占していたマスメディアへのリスペクトがなくなったことも大きな要因だと思います。

下村:そこから原点に帰る方法はありますかね。「上から目線」にならずに、使命感や矜持やリスペクトを取り戻す方法って……。

小川:絶対にあると思います。よく私が提起するのですが、「いま、45歳の筑紫哲也さんが10人いたら、ジャーナリズムは変わる」と。45歳の筑紫哲也さんが今生きていたら、もちろん記事は書き、テレビでコメントし、そしてSNSを自在に駆使して多くのフォロワーとともにコミュニティをつくっていると思います。そうしてコミュニティが数多く積み上がっていくことでジャーナリズムは変わり、信頼を取り戻すと思います。残念なことに、45歳で2019年を生きる筑紫哲也さんのような記者が現在は見当たりません。

下村:となると《個人》の出現待ちみたいですが、そこで《組織》としてのJIMAには何ができるでしょうか。

小川:そうした人材の発掘にJIMAが果たすべき役割もあると思っています。たとえば、志のあるネットジャーナリズムの活動を評価し、それを広く共有することで、さらなる高みに向けてジャーナリストたちが切磋琢磨していく。そういう「スター誕生」機構としてのJIMAに期待しています。

下村:なるほど。少年時代には「スター誕生」的な記事を書かれて疑問を抱き、グルッと巡って今はまったく違う意味で「スター誕生」機構に期待を抱く。面白い因果ですね。

新聞における「新聞協会」と、ネットメディアにとっての「JIMA」

令和メディア研究所主宰 下村健一さん

下村:新聞社の小川さんだからお聞きしたいのですが、JIMAの話をすると、「それは新聞における日本新聞協会(以下「新聞協会」)と同じもの?」と聞かれることがあるんです。新聞界における「新聞協会」と、インターネットメディア界での「インターネットメディア協会」(JIMA)って、確かに名称は完全にパラレルなんですが、どのような違い、そして共通点があるとお考えですか。

小川:新聞協会は、たぶんこれから会員が増えることはない団体です。紙の新聞を発行し戸別配達するという事業は、参入障壁が高く、クローズドな組織です。表現の自由と言論の自由を守るために積み重ねてきた営みが壁を高くしたとも言えます。
その結果として、新聞協会は政府に対しても発言力があります。たとえば個人情報保護法や人権擁護法案の策定や上程に関しては新聞協会が頑張りました。それがあるからこそ、やっぱり新聞社にとって新聞協会は必要なんですね。表現・言論の自由を脅かす圧力に対して、それに対応する機能があります。

一方、JIMAはこれからどんどん会員が増えていく団体です。ネットの特徴である「フラットであり、シェアする」という遺伝子がそのままこの組織体にあると思います。

下村:新聞協会の「高い壁」は、参入障壁にもなったけれど、権力の圧力に抗する盾にもなったと。とすると、その壁が遺伝子的にかなり低そうなJIMAは、どんな協会になっていくんでしょうかね。

小川:政府と対峙するかどうかは別としても、JIMAという団体があることで、重大事項が起こった時などに、メディアとしてさまざまな活動がやりやすいと思います。話し合い、議論し、一定の意見表明をする場は大切です。そうした活動が続くと、政府や行政機関、企業や各種団体もやはり注目するようになると思います。
また、たとえ統一見解が得られなかったとしても、その議論の過程を公開することで、ほかのネットメディアも参考にしていくという流れを作ることができると思います。公開してシェアする、そしてそれをリスペクトするという土台があれば、そのことが大きな機能になるかもしれませんね。

ネットユーザーには想像力を持ってほしい

下村:最後に、これからのネットユーザーの方にお伝えしたいこと、メッセージをお願いします。

小川:誰もが情報発信できる時代だからこそ、「自分の投稿で、誰かを傷つけていないか」という想像力を持って欲しいと思います。

数年前、ある重大な少年事件の主犯とされた10代男性の自宅に、カメラを持った中学生が突撃してネットで生中継をするという事件が起きました。我々はその事件の報道に際して、匿名か実名かで膨大な議論を重ねていたのですが、生中継事件が起きた時、ガラガラと地面が崩れていく感覚を覚えました。いままでやってきた議論は何だったんだ、と。
ネットは、ジャーナリズムが魂をかけて積み上げてきた議論を一瞬で無下にしてしまう。その怖さを知って欲しいと思いますね。

下村:小川さんにとっての原体験である「たとえ良いことを書いてさえも、周りの反応で傷つくこともある」という事実は、実はメディアではしょっちゅう起きることですよね。その影響の大きさを、誰もがネットで簡単に情報発信できる時代、どうやったら《発信者責任》として一人ひとりに自覚してもらえるのか、非常に難しい問題です。

小川:そうですね。ただ、最近の大学生はSNSで炎上しないスキルをとてもうまく身につけてきたように思います。そういうノウハウは今後積み上がり共有されていくと信じます。また、『週刊SPA!』の女性蔑視的とされた企画に声をあげた女子学生のグループのように、ネットで署名を集め、出版社と対話しながら問題点を掘り下げ、出版社もその議論を記事にするという、水際だった取り組みも見られるようになりました。そういう先進的なネットユーザーと連携を取り、JIMAがコアとして機能できれば、社会のメディアリテラシーも上がってくる思います。

下村:閉じた壁の中の組織というより、そうした社会の開かれた「場」としてJIMAが活動していければいいですね!

(まとめ:岩崎史絵/写真:ATZSHI HIRATZKA)