「テレビメディアこそ、JIMAに入るべき」その理由は?——TBSテレビ竹内明さん
聞き手:JIMA理事/令和メディア研究所 主宰 下村健一さん
「若い世代にニュースを届けたい」という思いから、スマホ対応のスクエア動画を使ったニュース発信など、革新的な取り組みを進めているTBSテレビ。『Nスタ』などのニュース番組でキャスターを務めた報道局 総合編集センター長・編集部長 の竹内明さんは「このままでは、若い世代にニュースが届かない」という危機意識を強く持っていると言います。
インターネットメディアに対して、テレビや新聞は「オールドメディア」と呼ばれたりします。しかし、報道現場の記者たちは膨大な時間をかけて取材し、情報と原稿を精査し、一本の映像コンテンツを制作してきました。そんな歴史や取材倫理があるからこそ、「玉石混淆の情報に満ち溢れたネットメディアの健全化に貢献したい」という竹内さん。「ネットメディアの“リスク”に対し、テレビだからこそできる健全化の道があるはず」という竹内さんが、元TBSの大先輩でJIMA(インターネットメディア協会)理事の下村健一(令和メディア研究所)と、ネット時代におけるテレビメディアの役割について話し合いました。(事務局)
「このままでは……」大きな危機感を持つテレビ業界
下村:この連載でテレビ局を取り上げるのは初めてです。
竹内:オールドメディアといわれているテレビ局ですが、よろしくお願いします(笑)。いまテレビ局の報道現場も変化しようとしていて、新しい方向に一歩ずつ歩み始めているところなんです。
下村:なるほど、ではそのあたりからお伺いしましょうか。その「変わろう」というモチベーションの背景には、どのような問題意識があるのでしょう?
竹内:ご存じのように、テレビ視聴者は減少の一途をたどっています。もはやお茶の間で家族一緒にテレビを観るという習慣はなくなり、若い人の生活の中心はスマホとなって、テレビ視聴者は高齢化が進んでいます。生活の中でのテレビの位置づけが変わったのです。
TBS報道局では5年くらい前から「ニュースを35歳以下の若い世代に届けるにはどうしたらいいだろうか」という議論が自然発生的に生まれました。まさに危機感のあらわれです。その中で「デジタル発信を重視しないといけない」という声が出て、勉強会が立ち上がったのです。
そこで考えたのは、読者のいる場に、ぼくらの方から近づいていこうということ。具体的には、WebサイトやSNSを通じてぼくたちのニュースを届けようということで、そこに向けてようやく一歩ずつ進み始めているところです。
こういう背景なのですが、テレビの人たちにはやっぱり、考えが古い人たちも一部にいるんですよ。特に報道の現場は(苦笑)。
下村:わかります!(笑) ですが、竹内さんも報道局員ですよね。なぜ竹内さんは危機感を持てるようになったのですか?
竹内:講談社からの依頼で月刊誌に実名で記事を書くようになり、その流れでノンフィクション本や小説も執筆しました。いわば、サラリーマン作家になったのです。その過程で編集者から「著者の顔をネットで知ってもらう必要がある」と言われて、「現代ビジネス」に寄稿するようになったんです。これがぼくのネットメディア・デビューです。
で、ネットメディアで接した読者層は若い人が多いし、良いものを見極める力を持っていることを実感したんです。あと、反応がダイレクトでスピード感がありました。当たり前ですが、「いいね」の数もリアルタイムで反映されるし、記事のランキングも1時間ごとに更新されます。テレビでは感じられない手応えがある。これが自分の思考をネットにシフトさせたきっかけです。自分でネットメディアに書いて、体感したというのが、ターニングポイントだったのだと思います。
ネット展開に向け、従来のテレビ慣習を打ち破る
下村:テレビというメディアが登場した当時、新聞などの活字メディアにない「リアルタイム感やライブ感がテレビにはある」といわれました。それと同じ言葉を、今度はテレビ人の竹内さんが、ネットに対しておっしゃる。ネットメディアで読者と接した時の温度感は、テレビとそんなに違いますか?
竹内:全然違いますね。テレビなら、視聴者の評価は視聴率で見ます。いまでこそ、視聴率は1時間後にわかるようになっていますが、最近まで放送翌日に視聴率がわかるという状態でした。そんななかでネットメディアをやってみたところ、読者と“つながっている感”をすごく感じたんです。
反面、テレビ視聴者の方は、「テレビの作り手と“つながっている感”がない」というストレスを抱えていると思います。テレビというのは、作り手が一方的にコンテンツを届けるメディアになってしまいがちです。作り手の思いや取材者の苦悩はなかなか伝わらない。テレビ放送で伝わらなかった内面的部分を、ネットで補完的に伝えていけば、視聴者とつながって、共感し合うことができると考えてさまざまなデジタル施策をやり始めたわけです。
下村:具体的には? たとえば竹内さんは、noteでも記事を書いていますよね。
竹内:あれも読者や視聴者との対話のため、TBS報道局の各番組や記者が書いています。去年、取材でお世話になった刑事さんが亡くなったときに、私が「記者と情報源について考えてみた」という記事をnoteに書いたら、ツイッターで多くの反応が寄せられました。記者と読者の間で、共感やつながりが生まれたのだと思います。
このほかのチャレンジでいえば、「スクエア動画」という形で、スマホの縦画面視聴に対応したニュース動画をTBSニュースの公式SNSを通じて届けることを始めました。
単にスクエア動画にしただけではなく、電車内でニュースを視聴することを考え、テロップを入れて音声がなくても内容がわかるようにしています。実際にやってみると、若い世代の方たちが視聴していることがわかって、励みになりました。
SNS発信を統括するサイバー編集長が、報道局の真ん中に、テレビニュースの編集長と並んで座るようにしました。つまり、物理面・組織面の両方から改革に取り組んでいるんです(笑)。
下村:私たちの世代はテレビの横長画面が普通だと思っているから、「ニュースをスクエア動画で届けよう」というだけでもすごい発想の転換ですよね。あとテロップも、「聞いてわかることをわざわざ文字で入れるな。絵が汚れる」といわれていたし(笑)。
竹内:発想を根本的から変えないとダメなんですよね。ですからTBS報道局に「総合編集センター」という部署を作り、従来の地上波編集部とデジタル編集部を同列に置く組織体系にしました。私がセンター長になり、同時に地上波報道の編集部長を兼務しています。意識改革を徹底するため、局内の配置換えも行って、SNS発信を統括するサイバー編集長が、報道局の真ん中に、テレビニュースの編集長と並んで座るようにしました。つまり、物理面・組織面の両方から改革に取り組んでいるんです(笑)。
ほかにも、テレビにはあまり登場しないけど面白い生き様をしている方々を紹介するソーシャルメディア番組『Dooo(ドゥー)』や、バーチャルキャスターがほっこりニュースを伝える『いらすとキャスター』など、いろいろな形でネット視聴者との接点を持っています。
良質な動画文化をネットで育てることもテレビの使命
下村:テレビの人が、ネットにいる若い読者のところに行くのはいいと思います。さらにいえば、その流れのなかで、いままでテレビで作ってきた古典的コンテンツをネットの世界でちゃんと観られるようにしていくことにも取り組んでいけば、尚いいですね。
竹内:そう思います。下村さんもご存じのように、TBSの報道が生み出すVTRは、伝統的に良質なものが多いんですよ。動画のさまざまな権利関係をクリアしたら、YouTubeや動画配信サービス、いろいろなプラットフォームで展開することも考えていきたいと思います。
下村:いま、「動画はネットで十分」と思っている若い人たちがいるでしょう。そういう人たちに、綿密な取材を重ね、構成を考えて本当に作り込んだ良質な動画の価値や魅力も知って欲しい。
以前、関西大学で公開シンポジウムを行った時、実際に素材を見せながら「昔のテレビは面白かった」という話をしたんです。すると学生のなかから、「『昔は良かった』という懐古趣味かと思っていたけど、実際に動画を観て、その考えを改めた」という声が上がりました。
パパッと作った動画が悪いとはいいません。でもそれだけでなく、じっくり作ったものも観てもらって、良し悪しを自分の目で判断してもらいたいんです。そうでないと、良質な動画文化が廃れていくんじゃないかな。テレビ業界の人に会うと、「君たち、自信を失うなよ」といつもいっているんです。
竹内:ぼくも同じ思いです。先日TBSの倉庫で50年前の「東大全共闘と三島由紀夫の討論会」のニュース映像の原盤を見つけてデジタル化した人がいて、これを『NEWS23』で放映したんです。(「三島由紀夫vs東大全共闘 “伝説の討論会”から50年」)、これが若い人の共感を呼んで、ネット上でも高く評価されました。何がすごいって、今の時代、右と左、思想が違えば罵りあい、憎しみあいです。しかし、三島と全共闘の若者は、相手を人格攻撃するのではなく、階級闘争や芸術論、天皇制に対する考え方まで正面から議論しているんですよ。会話が噛み合っていて、最後はさわやかに終わる。ああいう動画資産をきちんと出していくことも、テレビ局の使命だと思います。
下村:きちんと議論ができた時代の動画アーカイブがあるのはテレビ局だけ。そこからいまの時代を相対化して見るという役割は、テレビにしかできないかもしれないですね。
「読者を知る」ことがより求められる2020年、何ができるのか議論したい——MarkeZine編集長 安成蓉子さん
メディアのデジタル変革を進めるために、JIMAに期待すること——ダイヤモンド編集部 編集長 山口圭介さん
「JIMAに入るなら早いうちに」
下村:ところでようやく本題ですが、そういう活動のなか、JIMAに入ろうと思ったきっかけは?
竹内:お世話になった「現代ビジネス」を立ち上げた瀬尾さん(現JIMA代表理事)が面白いことを始めたとの噂を耳にしたのがきっかけですが、JIMAが掲げている「ネットメディアの健全性」というテーマにも興味があったんです。ネット時代の報道については、これからさまざまなテーマが議論されていくと思いますが、その時にオールドメディア代表として、考えを表明していきたいという思いがありました。
下村:TBSの上層部の考えはいかがでしたか。
竹内:「それは入るべきだよ。入るなら早いうちに」と(笑)。
下村:新聞社やテレビ局のなかには、ネットメディアの世界に入ることを是としない風潮もあると思いますが、そういうことはなく?
竹内:全然なかったですね。もちろん、下村さんがおっしゃるとおり、テレビ業界には、「自分たちの世界を侵食している」「コンテンツを安く買い叩いている」とネガティブにとらえる人たちは少なからずいます。でも、一方で、JIMAの思想は、私たちと向かおうとしている方向性は同じで、健全性を保とうと努力していることも理解しています。私個人としては同じ志を持つ皆さんと意見交換をして、ネットメディアの健全化、ネットユーザーのリテラシー向上に少しでも貢献できれば、という気持ちがありました。
下村:つまり、ジャーナリズム事業で長年蓄積された知見を提供していこうということですか。
竹内:はい。古い考え方かもしれませんが、私たちテレビ報道に携わる者たちは一種の行動規範を作り、良いコンテンツを生み出して、視聴者の信頼を積み上げてきた歴史があります。それがただちにネットメディアに当てはまるかどうかは別問題ですが、そういうノウハウを提供していきたいですね。もちろんぼくらも新しいものを吸収したいので、提供するだけではなく、相互に勉強会をやっていくイメージです。
あと私はインテリジェンスを専門としてきたので、「国家による世論操作」に対する懸念もありました。2年前に「報道特集」にいたとき、ロシアの諜報機関による米国の世論操作を取材しました。ネット上に流されるフェイクニュースです。この脅威は決して対岸の火事ではありません。あたかも本物の記事であるかのようにネット上に嘘の情報を流して民主主義の破壊を狙ったり、人種間の分断を図ったりすることがあってはならないし、国民の価値観をコントロールされてはなりません。「健全なメディアとは何か」「本物を見分ける指針とは何か」を真剣に考える必要があると感じました。これもJIMAに入ろうと思った理由の1つです。
動物ドキュメンタリーの一種としての、人間ドキュメンタリー
下村:ここで竹内さん個人のこともお伺いしたいのですが、そもそもなぜジャーナリズムや報道の現場で仕事をしようと思ったのですか?
竹内:ぼくは1991年に新卒でTBSに入ったのですが、原点になったのは、70年代に放送されていた動物ドキュメンタリー番組「野生の王国」です。子供の頃、番組が始まる10分前にはテレビの前に座って、放映を待っていました。で、「自分も将来、サバンナに行って動物ドキュメンタリーを作ろう」と思ったんです。
下村:なつかしい番組ですね、ぼくも大好きでした。動物が好きだったの?
竹内:動物も好きだったし、動物の生態を記録して映像化し、発信していくことにすごく興味あったんです。ところが入社したら動物ドキュメンタリーを作っている人は誰もいませんでした(笑)。
下村:入社の段階では、報道局志望ではなかったということ?
竹内:いえ、報道局でドキュメンタリーを作ることが希望でした。動物ドキュメンタリー番組がないなら、人間ドキュメンタリーを作りたいと。人間も動物の一種ですしね(笑)。
入社した当初は制作局でバラエティーや深夜番組のADをし、2年で報道局に異動しました。そこで、「人間のどす黒い本能が一番出るのは犯罪だ」と考え、事件記者の道に飛び込んだんです。警察や東京地検特捜部で捜査官に夜討ち朝駆けをする一方、犯罪者と呼ばれる人たちを取材し、そこで正義と本能がぶつかる現場を見たりした——それがぼくの記者人生のほとんどを占めています。いってみれば、人間界の“野生の王国”をずっと取材し続けたんですよね(笑)。
その後2002年からニューヨーク支局に異動したときには半年間ニューヨークのストリートギャングに密着して、ドキュメンタリーを作りました。ギャングを凶悪な犯罪者として扱うのではなく、「ギャングも人間なんだ」という観点から、彼らの家族や私生活を取材し、「報道特集」や「NEWS23」で放送したんです。これもある種の「野生の王国」だったわけで、報道人生のなかで達成感があった取材のひとつです。
下村:すごいですねぇー! 半年間という取材の長さもさることながら、人間のむき出しの本能を映像化するという意味で、メディア業界を目指した原点ともつながっていると。ユーチューバーがやる「◯◯に行ってみた」にも近いものを感じる(笑)。
竹内:本当に同じですよ。そのままギャングの家に泊まっちゃったりもしましたし。
下村:今度はそれをネット動画の世界に持ち込んでほしいですね。
個人のメディア化、国家の思惑……だからJIMAに貢献したい
下村:あと、ぼくも時々感じるんですけど、アメリカの方が日本より取材しやすいですよね。アメリカで凶悪犯罪者の取材をしようとすると、日本では出ないような許可が簡単に取れますし、本人も顔を出してテレビカメラの前で主張する。みんなが情報を発信するし、オープンにする素地が違うので、取材のしやすさが全然違う。
竹内:みんなが情報発信できるようになって、日本もこれから一億総ジャーナリスト時代になっていくと思います。そういう意味でも「正しい発信とは何なのか」「本物の情報発信とはどうあるべきか」など、発信する側の考え方やビジョンも、個人へと広げていっていいと考えています。実際、個人で活動しているユーチューバーの人はたくさんいますし。
下村:おっしゃるとおりで、全員発信者というこの時代、JIMAの対象とする「メディア」も最後は個人にまで行くかもしれませんね。これについて、JIMAのメンバー同士が激論するのもありだと思います。実際、どこまで範囲にするかという議論は準備期間中からありました。これからその枠がどこまで広がっていくのか、面白いことになりそうですね。
そんな情報発信している人、または情報の受け手の方、さまざまなネットユーザーの方にメッセージをお願いします。
竹内:みんなが「本物を見きわめる力」を持つことが必要だと思います。ネット業界は玉石混淆で、イタズラのフェイクニュースから、民主主義の破壊を目指す国家的な情報操作までさまざまなことが起こっているので、そのなかで何が本当かを見きわめる力を作らないといけません。メディアは危険な存在ではなく、民主主義を守る存在であるべきです。こう思える社会を実現すべくJIMAに貢献して行きたいという気持ちです。
とはいえ、JIMAが警察やBPOのようになるのはあまり好ましくないですし、権力からの規制ではなく、「正しいものを見きわめる力をどのように伸ばしていくか」についてメディアが主体性を持って議論し、それを拡散していければと思っています。
下村:竹内さんの取材によると、ネットを使った情報操作工作はすでに日本国内でも行われている……
竹内:日本でもロシアや中国の工作活動はありますよ。様々な国家の思惑が入った日本語の情報が今後、ネット上にあふれてくるんじゃないかな……。いまでも、個人間や民族間の対立を煽るような情報がたくさんありますが、そのなかに、国家によって操作されているものがあるかもしれません。
下村:だからJIMAの活動、急がないといけないとぼくも思っているんです。
竹内:ぜひやってください——じゃなくて、一緒にやっていきましょう! よろしくお願いします。
(まとめ:岩崎史絵/写真:ATZSHI HIRATZKA)