シリーズ : メディアの現場から

メディアとして正しく成長し、生き残るために——Forbes JAPAN Web編集長・林亜季さん

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聞き手:JIMA理事/令和メディア研究所 主宰 下村健一さん

若手ビジネスパーソンに人気のビジネス誌『Forbes JAPAN』。そのインターネット版であるForbes JAPAN Web編集長・林亜季さんは、紙とWebともに同誌の編集方針を「ポジティブに、挑戦する人を応援する記事にしたい」と説明します。とはいえ、目指すスタイルでPVが獲得できるか、広告売上が立つかは別問題。ここ数年、ステマ(ステルスマーケティング)が問題視されていることもあり、ポジティブ一辺倒な記事作りでは、読者からもなかなか信用されないという難しさもあります。
そうしたなか、Forbes JAPANが人気ビジネス誌として評価されている理由は何でしょうか。林さんがForbes流の報道姿勢を追求する信念と、その信念の実現に向けてJIMA(インターネットメディア協会)に期待することについて、JIMA理事で令和メディア研究所の下村健一に話してくれました。(事務局)

「小粒」が「かたまり」となり、やがて1つの「スタンダード」に

下村:まずは単刀直入に、Forbes JAPANがJIMAに加入した経緯を教えていただけますか。

:正直にいえば、トップダウンで「入会しよう」という意見があり、そこで私が窓口に任命された形なんです(笑)。Webメディア同士で手を携え、現場のトップがルール作りやメディアグロース、編集について相談できる場に参加することは、とても意義があると考えました。

下村:ほかの仲間や同業者との、交流や情報交換を期待しているわけですね。

JIMA企画:メディアの現場から #9 - Forbes JAPAN Web編集長・林亜季さん
Forbes JAPAN Web編集長・林亜季さん

:はい。いまはネットの時代でネットの力が大きくなったとはいえ、まだまだマスメディアの影響が大きいと思うんです。Webの場合、いまのコンテンツ流通の仕組みだと、媒体ではなく記事単体が流通するようになっていますよね。だから、自分が読んでいる記事がどのメディアの記事なのか、読者にはわかりにくくなっています。
JIMAは文字通り、「インターネットメディア協会」です。Webメディアはまだまだ小粒な存在ですが、その小粒な存在が集まって1つのかたまりとなり、「どうやったら盛り上げていけるか」を真剣に議論できる環境は必要だと考えました。以前、プレジデント社の星野さんが話していたように(「ネットメディアが出版文化を継承するために、報道倫理や責任についてオープンに議論したい」)、インターネットメディアのひとつのスタンダードを作ることができればいいな、と期待しています。これまでいろいろな方がお話しされていますが、私も記事の指標としてPVだけが偏重されているのは疑問がありますし、そういう問題についてもJIMAで話していきたいと思っています。

「提案のない批判」ではなく、「ポジティブな後押し」が“Forbesっぽさ”

下村:PV問題についてはこの対談中に追々考えるとして、まずはForbes JAPAN Webとはどのようなメディアなのかを教えてください。

:Forbes JAPANは以前別の会社が運営していましたが、私たちの会社が運営に携わったのは5年前です。最初に紙の雑誌があり、次にWeb版が登場しました。そのため、紙雑誌の価値観が中心にあり、Web版がその価値観を踏襲しています。

下村:価値観とは、具体的には?

:月刊誌は「ビジネスリーダー層に、オンとオフの情報をポジティブに伝える」というコンセプトがあります。注力しているのは、起業家や経営者、ビジネスパーソンの「人」の部分に焦点を当てること。バックグラウンドや挫折まで含めたストーリーを緻密に描くことで、経済がいかに面白いかを伝えたい、そういう思いで誌面を作っています。それと同じで、挑戦する人——たとえばスタートアップの起業家など——もよく取り上げています。

だからうちのメディアは「しないこと」が明確です。不祥事やゴシップは基本的に取り扱いません。問題をことさら大きく扱うのではなく、むしろそれを解決しようとしている人たちを応援する媒体でありたい、という思いがあるからです。問題があれば、それだけで終わらせず、「こうすれば解決できるのでは」という提案や、実際に課題解決に取り組んでいる人を紹介するなど、Forbesらしくポジティブに伝えることを意識しています。

下村:紙と違うWeb版としての個性は?

:月刊誌の場合、経営層やCxO層を対象にハイエンドな情報をお伝えしていますが、Web版はそれよりもう少し若く、ビジネスリーダーやそこを目指す方をターゲットにしています。年代でいえば、20〜30代ですね。本誌記事の転載や翻訳記事、オフィシャルコラムニストの記事も多いですが、Webオリジナルコンテンツを強化しており、大きなメディアではなかなか取り上げないスタートアップ情報や「30 UNDER 30」などアンダー30の若者に焦点を当てた企画などを掲載し、新しいことに挑戦する人を応援するWebメディアとして、日々取り組んでいます。
また、コンプレックスを煽るような記事も作りません。「健康的に痩せる方法」はいいけれど、「太っている人はビジネスパーソン失格である」といったテーマはNG。編集会議で、どういった記事がForbesっぽくて、何がForbesっぽくないかを話し合うこともあります。

自分流の追求が、必ずしもPVに結びつかないつらさ

下村:「〜っぽい」という言葉は、メディアの作り手にとって大事なキーワードですね。

:そうですね(笑)。ただ一方で、「Forbesっぽい」ことと、数字が取れることは、まったく別のことという課題があります。実際PVを取ろうと思ったら、ゴシップネタや煽情的なタイトルの方が有効でしょう。でも、私たちはそれを基本的にやらないと決めています。そのジレンマは、どのメディアにもあるはずです。

あとは拡散についても課題があります。雑誌は1冊に綴じているので、表現したい世界観を1冊のなかに表現できますが、Webは記事単位でバラバラに拡散します。拡散のパワーは「怒り」などの強い感情をきっかけにするので、「煽らない、ポジティブな企画」にこだわることは、結構つらいんですよ。

下村:よくわかります。おそらくこの記事を読むメディア関係者は、林さんの言葉に膝を打つのではないでしょうか。テレビも雑誌も、みんな食べていかないといけないから、自分たちの「〜っぽさ」よりも、数字の誘惑に負けていくんですよね。

:まったく数字に向き合わないのも問題だと思うんですけどね。数字は読者のみなさまのリアルな反応ですから、数字を見て「なぜここで離脱したのかな」「なんで読まれないのかな」と考えることは必要だと思います。

でもそこで、爆発的に拡散する企画やネタだけに集中すると、「そういうメディアでいいのか?」となってしまいますし、そこが難しいところです。

下村:JIMAもネット界の警察役になるつもりはまったくありませんから、「これはダメ」というのではなく、メディアを取り巻くさまざまな課題について「どうしたらいいのか」を考えていきたい。まさに“Forbesっぽさ”と同じ体質を醸成していきたいですね。

フリーライドのままでいいのか、という危機感を共有したい

:PV問題に関しては、ビジネスと編集の両輪で議論することが健全だと思いますが、編集側の視点がより重要になると思います。PVは、もともとは広告のインプレッションに起因した考えなので、それが記事評価の指標というのはやっぱりおかしい。

下村: PVは、テレビ番組でいう視聴率に相当する指標だと思いますが、私自身テレビ業界にいる時に「視聴率だけでいいのか、視聴“質”が出せないのか」とよく仲間と議論したものです。つまり20世紀からこういう問題は顕在化していたわけで、足掛け2世紀の課題となっています。

下村:そうなんです。でも、記事の質を可視化するのは難しい。林さんはその指標について、具体的なイメージをお持ちですか?

JIMAのみんなでこのフリーライド課題を考え、このままでいいのかという危機感を共有していきたいですね。

:下村さんも「視聴質」のお話をされていましたが。私も1PVの「質」を重視する必要があると思っています。「じっくり記事を読んでいる」という点では、滞在時間が1つの指標になりますね。ですが、そうすると単純に文字数が多ければいいということにもなる。逆にたった数行の記事でも、ものすごいスクープであれば、滞在時間は短くて、読了率もPVも高いということになりますし……。ファクトそのもののネタとしての価値、ニュースバリューをもっと評価するカルチャーが必要ですね。

ネットメディアでは、ファクトそのものより、ファクトをどう見るかという論調——つまり「ファクト+解釈」という記事にニーズがあります。でも実際にコストや労力がかかるのは、実はファクトを取ってくる方ですよね。現状のネットメディアでは、大手報道機関が報じた短行のファクトにフリーライドする形で記事を作り、ファクトそれ自体を軽んじているような風潮があると思います。
資本のある大手メディアが、膨大な取材費をかけて取ってきたネタに依存して、それをこねくり回して記事を作る。そうすると、そのうち内容が曲解されたり、フェイクが生まれたりする。ここは議論が必要なところですね。

令和メディア研究所主宰 JIMA理事 下村健一さん
令和メディア研究所主宰 下村健一さん

下村:もちろん、ネットメディアにも独自取材でファクトを掘り起こす好記事はいくらでもありますが、同時に、林さんのおっしゃるフリーライド型が多いことも確かです。そこが、古くからの大手報道機関がJIMAへの入会を躊躇する背景にあるのかもしれません。うまく2つが共存する形を作る必要がありますね。

:私自身は、ネットメディアもマスメディアが報じたファクトへの依存体質を解消し、独立性を保つ必要があると考えています。JIMAのみんなでこのフリーライド課題を考え、このままでいいのかという危機感を共有していきたいですね。

下村:ただ、テクノロジーを使うことで、旧来の取材では拾いきれなかったネタをSNSから拾うこともできるようになりました。以前インタビューしたJX通信社などもまさにその例です。ネットの話題を、テレビや新聞が後追いで拾うことも多くなりました。ネットメディアが旧来メディアにただ乗っかっているという一方的な関係性ではないわけで、JIMAが双方向な共存のための議論の場になるといいですね。

国家公務員試験の勉強のつもりが、いつしか新聞記者を目指すように

下村:さて、林さん個人についてもお伺いしたいのですが、なぜメディア業界に入られたのですか?

:学生時代、国家公務員を目指して試験勉強をしていたんです。その一環で、時事問題の勉強のために新聞を熱心に読むようになったら、新聞の方が面白くなってしまって、朝日新聞の入社試験を受けて、入社したんです(笑)。

下村:それは面白い(笑)。新聞に載っている情報を見て社会に興味を持つのではなく、それを伝える道具の方に興味を持ったと。

:はい、面白いなと(笑)。新聞は新書1冊分から2冊分の文字量で日々の出来事がさまざまに編集されて、毎日たった百数十円で宅配されるじゃないですか。こういうプロダクト、サービスの作り手になりたいと思ったんです。もともと「価値を生み出す仕事がしたい」と考えていたのですが、新聞は「ここにこんな人がいる」と光を当てる仕事ですよね。「こういう仕事がしたいなあ」と。

下村:いま追求しておられるポジティブジャーナリズムに直結していますね。そこから、ネットメディアに転職したきっかけは?

:朝日新聞では記者を経験したのち、新規事業部であるメディアラボの立ち上げ時に異動希望を出して、それこそ本当に新たな価値を生み出すという経験をさせてもらいました。そんななか、新聞の未来を憂う気持ちと、世界的に新たなジャーナリズムの波が来て、新しいものを作りたいというマインドが強烈に生まれたんです。
新たな波とは、ジャーナリスティックな視点で企業やブランドの課題を解決する「ブランドジャーナリズム」のことです。いわゆるコンテンツマーケティングと言われる分野の1つですが、当時海外ではいろいろな新聞社が自社内にスタジオを構え、ブランドの制作支援を行っていて、そういうことを自分でもやってみたいと考え、ハフポストに転職してブランドスタジオの部門のトップをやりました。その後、ハフポストが黒字化したのを機に、さらにブランドジャーナリズムを追求する上で「ポジティブジャーナリズム」を掲げているForbes JAPANを魅力に感じ、転職しました。

「ブランドジャーナリズム」への拒否感と支持と

:ただ、ブランドジャーナリズムと国内における生粋のジャーナリズムとの相性は、必ずしも良いわけではないんです。ブランドジャーナリズムは、編集やジャーナリズムの可能性を拡張し、マネタイズという点でも大きな役割を果たすと思いますが、やっぱり「企業からお金をもらって、ジャーナリズムのスキルを生かし、その企業が伝えたいことを伝える」ということに拒否感を持つ人もいます。

下村:読者のなかにも、普通の記事とタイアップとの見分けがつかなくなるのではないかと懸念する声も聞かれますが、これについてはどうお考えですか。

:もちろん、ステマのように「実は企業から出稿費をもらっているのに、それを隠して記事のように見せている」のは問題です。きちんとクレジットでスポンサードであると明記して、読者の誤解を防ぐのは必須です。Forbes JAPANでは編集記事の何倍もの滞在時間を記録する、熱心に読まれているブランドコンテンツもあります。ブランドジャーナリズムと純粋なジャーナリズムのどちらも尊重する文化があるといいなと思います。
それに、私は常々感じているんですが、おそらく読者の方が作り手よりもずっと賢いんですよ。だから広告とわかっていても、本当に興味があって、面白いものなら最後まで読んでくれるんです。

下村:いまおっしゃった「読者が賢い」という部分が、どれくらい本当に賢くなってくるのか、これからのネットユーザーの眼力がキーポイントになりそうですね。

:そうですね。ポジティブジャーナリズムというと、「提灯記事じゃないか」という人がいますが、何でも批判的に書けば正解というわけでもありません。そもそも、ポジティブといっても根拠なく誉めそやしているわけではなく、そこにはちゃんと根拠となるファクト、そして客観的な視点が必要です。そこには書き手の力や取材力、ジャーナリスティックな視点が必要です。

下村:おっしゃるとおり、何でも批判というのは、やはりジャーナリズムとして違うと思います。《是々非々》こそが客観なはず。「《是》は提灯だ」という意識が強すぎると、《非々非々》ばかりに傾いてしまう恐れがあります。

ネットメディアだからこそ、読者に着目してほしいところ

下村:最後に、読者のみなさんにメッセージをお願いします。

林:記事を読んだ時に、そのニュースの出どころがどこのメディアなのかを意識していただけると嬉しいですね。気になる記事や印象に残った記事、面白かったものについては、「どこのメディアが報道したのかな」と少しでも意識を向けていただけると、作り手としてとても嬉しいです。

下村:今日のキーワードでいえば、発信元メディアの「〜っぽさ」を見出すべしということですね。

:そうです。ネットメディアは、記事単体で各プラットフォームやSNSでバラバラに流通されますが、配信元に思いを馳せて読むと、読者の皆さんにとっても新たな発見があるかもしれません。ニュースを読む時に「どこのメディアのニュースがいいかな」ということを意識すると、読み手の世界も変わると思います。

(まとめ:岩崎史絵/写真:ATZSHI HIRATZKA)